■第6章 第4節:形になる(中)
昼に近づくにつれて、作業の音はさらに整っていった。朝の勢いのままではなく、無駄を削ぎ落とした一定の流れへと変わっている。柱が増え、梁が渡り、空間の区切りがはっきりしていく。まだ壁はないが、どこが部屋で、どこが通路で、どこが生活の場所になるのかが見えるようになっていた。
シャーロットは店の前に立ち、その変化をゆっくりと目で追う。
「……分かるね」
ぽつりと呟く。
クロエが答える。「区画、明確化しています」
「うん」
昨日まではただの地面だった場所に、今は形がある。人が手を入れるだけで、ここまで変わる。
リナが横に立つ。
「……ここ、台所?」
柱の位置を見ながら聞く。
シャーロットは少しだけ考える。
「たぶん、その辺」
完全には決まっていない。
でも、方向は見えている。
リナはその場所をじっと見る。
「……広い」
「うん」
今までの空間とは比べものにならない。
少し離れた場所で、木を削る音が響く。木こりの男たちが手際よく材を整えている。削りすぎない。必要な分だけ。動きに迷いがない。
老人の声が通る。
「その梁、こっちに回せ。順番逆だ」
「了解」
「急ぐな、合わせろ」
短い指示。
それで全員が動く。
クロエが言う。「連携、最適化されています」
「うん」
シャーロットは頷く。
この規模で、このまとまり方は珍しい。
普通なら誰かが迷う。
止まる。
だが、それがない。
理由は単純だ。
「……慣れてるね」
「はい」
クロエが答える。
それぞれが、自分の役割を知っている。
だから止まらない。
シャーロットはカウンターに戻る。
乳鉢に手を置く。
冷たい感触。
いつも通り。
「……もう一回作る」
「はい」
クロエが水を準備する。
薬草を選ぶ。
昨日と同じ。
だが、少しだけ量を増やす。
「……増えてるし」
「作業人員、増加中です」
「だよね」
シャーロットは苦笑する。
でも、嫌ではない。
必要なことだ。
潰す。
混ぜる。
調整する。
手の動きが昨日よりも速い。
でも、雑ではない。
一定。
それが大事だ。
リナが中に入ってくる。
「……手伝う?」
シャーロットは一瞬だけ考える。
「見てていいよ」
「……見てるだけ?」
「うん」
リナは少しだけ不満そうな顔をする。
でも、何も言わない。
シャーロットは続ける。
「やるのは後でいい」
リナは少しだけ考える。
それから、静かに頷く。
「……分かった」
それでいい。
焦らせない。
今は“見る”ことも大事だ。
シャーロットはポーションを完成させる。
カップに移す。
並べる。
「……いく?」
クロエが答える。「はい」
外へ出る。
音が一気に強くなる。
だが、もう慣れている。
シャーロットはカップを持ち、作業している人へ近づく。
「これ」
差し出す。
受け取る。
飲む。
動く。
流れが止まらない。
木こりの男が言う。
「これ、いいな」
「軽いやつです」
「分かる」
それだけ。
でも、続く。
別の男が言う。
「昨日より楽だ」
「同じだよ」
「体が慣れたのかもな」
短い会話。
それで十分。
シャーロットは次へ渡す。
無理に配らない。
必要な人にだけ。
老人のところへ行く。
「これ」
差し出す。
老人は受け取り、飲む。
何も言わない。
だが、視線は止まらない。
全体を見ている。
「……進んでる」
シャーロットが言う。
「進めてる」
同じ返し。
だが、今はそれが正しい。
クロエが言う。「予定通りですか」
老人は短く答える。
「予定より少し早い」
それで十分だった。
シャーロットは軽く息を吐く。
「……すごいですね」
老人は一瞬だけこちらを見る。
「人が動けばこうなる」
それだけ。
特別なことではない、という言い方。
だが、その“普通”ができる人は少ない。
リナが外で立っている。
柱を見ている。
梁を見ている。
動きを見ている。
その目が少し変わっている。
「……形になってる」
小さく言う。
シャーロットは横に並ぶ。
「うん」
「……本当にできるんだ」
「できるよ」
短く答える。
リナは何も言わない。
でも、さっきよりも表情が柔らかい。
ミアのところへ戻る。
呼吸は安定。
顔色もさらに良い。
「……いいね」
シャーロットが言う。
クロエが答える。「回復順調です」
リナも戻ってくる。
ミアの手を握る。
「……もうすぐ起きるかな」
「もう少し」
シャーロットは答える。
焦らない。
今の流れを崩さない。
外では次の工程に入っている。
柱が増え、梁が組まれ、空間がさらに細かく分かれる。
「……ここ、部屋になるね」
リナが言う。
「うん」
シャーロットは頷く。
「ちゃんと分かれる」
リナはその言葉を聞いて、少しだけ安心した顔をする。
今までは一つだった。
これからは分かれる。
それは、大きな変化だ。
シャーロットはもう一度外を見る。
人が動く。
止まらない。
流れが続く。
「……回ってる」
ぽつりと呟く。
クロエが答える。「はい」
それだけ。
白花の薬屋は、
確実に“家”へと近づいていた。




