■第6章 第2節:広げる(中)
迷いがない。シャーロットは老人の少し後ろを歩き、クロエはさらに半歩後ろにつく。無駄のない隊列だった。
村を抜け、草の匂いが強くなるあたりで、老人が口を開いた。
「白花の薬屋、だったか」
「はい」
シャーロットは短く答える。
「どのくらい触るつもりだ」
単刀直入だった。
シャーロットは少しだけ考えてから答える。
「生活と店を分けたいです」
老人は頷くでもなく、否定するでもなく、ただ前を向いたまま聞いている。
「寝る場所が足りません。四人分。あと、食べる場所と、作る場所も分けたいです」
「ほう」
それだけ。
だが、ちゃんと聞いている。
シャーロットは続ける。
「今は全部が一緒なので、動きが止まります」
老人が少しだけ鼻で息を鳴らす。
「そりゃ止まる」
短い言葉だったが、同意だった。
クロエが横から補足する。
「調合室の独立も必要です」
老人が一瞬だけ視線を動かす。
「薬もやるのか」
「はい」
シャーロットが答える。
「店としても使います」
老人は少しだけ考える。
歩く速度は変わらない。
「……客は来るのか」
「来ます」
シャーロットは即答する。
まだ多くはない。
でも、来る。
「来るなら、分けた方がいいな」
老人が言う。
それだけで方向は一致した。
シャーロットは軽く頷く。
「はい」
しばらく無言で歩く。
だが、さっきまでとは違う。
会話が一つ通ったことで、距離が少しだけ縮まっている。
クロエが静かに言う。
「構造はどの程度変更可能ですか」
老人は少しだけ間を置く。
「見てからだ」
それ以上は言わない。
だが、それで十分だった。
やがて、白花の薬屋が見えてくる。
小さな建物。
シンプルな形。
飾りはない。
必要最低限。
老人が足を止める。
「……あれか」
「はい」
シャーロットも止まる。
クロエも同時に止まる。
老人は少し離れた位置から建物を見ている。
視線が動く。
壁。
屋根。
窓。
入口。
一つ一つを確認している。
その時間が、少し長く感じる。
シャーロットは何も言わない。
ここで言葉を挟む必要はない。
老人が見る。
それでいい。
しばらくして、老人が歩き出す。
入口まで行き、扉の前で止まる。
「中、いいか」
「どうぞ」
シャーロットが答える。
扉を開ける。
中の空気が外に流れる。
リナがすぐに顔を上げる。
「……」
見知らぬ人物。
警戒が一瞬で出る。
シャーロットが言う。
「大丈夫。大工さん」
リナは少しだけ迷ってから、ゆっくり頷く。
それで十分。
老人が中に入る。
一歩。
二歩。
ゆっくりと進む。
視線は止まらない。
床を見る。
壁を見る。
天井を見る。
カウンターを見る。
作業台を見る。
そして、ミアを見る。
少しだけ動きが止まる。
「……増えたな」
ぼそりと呟く。
シャーロットは答えない。
説明する必要はない。
見れば分かる。
老人は再び動く。
部屋の端まで歩く。
戻る。
入口の位置を確認する。
窓の位置を見る。
壁に軽く手を当てる。
叩く。
音を聞く。
「……軽いな」
短く言う。
シャーロットは頷く。
「元々、小さく作ってます」
「だろうな」
老人はもう一度全体を見る。
今度は少し早い。
頭の中で組み立てているのが分かる。
クロエが静かに言う。
「現状、四人での生活は困難です」
老人は頷く。
「分かる」
それだけ。
リナが少しだけシャーロットの方を見る。
「……大きくなるの?」
小さく聞く。
シャーロットは短く答える。
「する」
迷いはない。
リナはそれを聞いて、少しだけ安心した顔をする。
老人が口を開く。
「どこまでやるつもりだ」
再びの確認。
今度は具体的な意味を持つ。
シャーロットは一度だけ深く息を吸う。
「寝室四つ」
老人の目がわずかに動く。
「生活スペース」
「……続けろ」
「台所と、リビング」
「ほう」
「店はそのまま前に」
「うん」
「調合室、別で」
そこで老人が止まる。
完全に止まる。
「……全部やる気か」
シャーロットは頷く。
「はい」
短く。
はっきりと。
老人は少しだけ黙る。
それから、小さく息を吐く。
「大きく出たな」
さっきと同じ言葉。
でも、意味は違う。
今度は“本気か”の確認だった。
シャーロットは視線を逸らさない。
「必要です」
それだけ。
余計な理由は言わない。
老人はしばらくシャーロットを見ていた。
やがて、視線を外す。
部屋をもう一度見る。
「……やれる」
ぼそりと呟く。
シャーロットの目が少しだけ開く。
クロエもわずかに反応する。
「ただし」
老人が続ける。
「全部一気には無理だ」
「はい」
シャーロットはすぐに答える。
そこは最初から分かっている。
「金も、人も、時間も足りん」
「都度で」
シャーロットが言う。
老人が視線を向ける。
「少しずつでもいいので」
「……分かってるな」
「はい」
老人は小さく頷く。
「なら、組む」
その一言で、方向は決まった。
リナがその会話を聞いている。
理解は全部できていない。
でも、何かが変わることだけは分かっている。
「……すごい」
小さく言う。
シャーロットは少しだけ笑う。
「まだこれから」
それだけ。
クロエが静かに言う。
「人員はどうしますか」
老人が答える。
「呼ぶ」
短い言葉。
「この規模、一人じゃ無理だ」
「村の人ですか」
「そうだ」
それは自然な流れだった。
シャーロットは軽く頷く。
「お願いします」
老人はそれ以上何も言わない。
だが、もう動いている。
視線が外に向く。
頭の中で段取りが組まれている。
シャーロットはそれを見て思う。
(早い)
クロエが小さく言う。
「経験値が高いです」
「だね」
短く返す。
ここから先は、また別の流れになる。
薬屋としての動きではない。
“作る”動き。
シャーロットは店内をもう一度見る。
今の形。
これが変わる。
「……変わるね」
ぽつりと呟く。
クロエが答える。
「はい」
リナはその言葉を聞いて、ミアを見る。
それから、周りを見る。
「……ここ、広くなる?」
「うん」
シャーロットは答える。
「ちゃんと住めるくらいには」
リナは小さく頷く。
その動きには、少しだけ期待が混ざっていた。
白花の薬屋は、確実に次の段階に入ろうとしていた。




