■第5章 第4節:拾う理由(上)
村の外れに出ると、朝の光はもう十分に広がっていた。低い木々の間から差し込む光が地面にまだらな影を作り、風に合わせてゆっくり揺れている。昨夜の冷たさは残っているが、動けば気にならない程度だ。シャーロットは一度だけ深く息を吸い、周囲を見渡した。
「……近場でいいよね」
ぽつりと呟く。
クロエが短く答える。
「はい。移動距離は最小で問題ありません」
「うん」
遠くに行く必要はない。戻ることが前提だ。長く離れるわけにはいかない。リナとミアを置いている以上、行動は制限される。
それでも、やることはある。
「……食べられるもの優先」
「了解です」
シャーロットは歩き出す。昨日素材を見た場所から、少しだけ外れた方向へ。踏み跡は薄く、草が多い。人があまり入らない場所だが、だからこそ残っているものもある。
足元を見ながら進む。葉の形、色、地面の湿り。昨日よりも意識が細かい。
「……これ、どう?」
しゃがみ込んで、低い位置に広がる草を指す。葉は小さく、柔らかい。端が少しだけ丸まっている。
クロエが確認する。
「食用可能です。栄養価は低めですが、負担は少ない」
「それでいい」
シャーロットは少量を採る。袋に入れる。
多くはいらない。
持ち帰れる分だけ。
少し進むと、別の種類が見える。葉が厚く、水分を多く含んでいる。
「……これも?」
潰して香りを確かめる。
「やや苦味がありますが、問題ありません」
「混ぜればいけるね」
シャーロットは頷き、同じように採る。
量は少しだけ増える。
だが、まだ軽い。
「……とりあえずこれで一回戻る?」
シャーロットが言うと、クロエは周囲を確認する。
「妥当です。対象の状態維持が優先です」
「だよね」
シャーロットは立ち上がる。
戻る。
その判断は迷わない。
途中、村の方からかすかに声が聞こえる。昨日よりも明らかに増えている。完全ではないが、動きは戻りつつある。
「……少しだけ変わってる」
ぽつりと呟く。
クロエが答える。
「初動の影響です」
「その言い方ほんとやめて」
シャーロットは少しだけ笑う。
だが、意味は分かる。
一つ動けば、次が動く。
それが繋がる。
家に戻ると、扉は閉じたままだった。中の気配は変わっていない。むしろ、安定している。
「……戻ったよ」
軽く声をかけてから入る。
中は朝の光が少しだけ増えていた。リナは起きている。ミアのそばで座り、手を握っている。
「……おかえり」
小さな声。
「ただいま」
シャーロットは短く返す。
すぐにミアを見る。
呼吸は安定している。
熱もさらに落ちている。
「……いいね」
自然と声が出る。
リナの表情が少しだけ緩む。
「……さっきより、楽そう」
「うん。このままいけると思う」
シャーロットは袋を下ろし、中身を取り出す。
「これ、少しだけ食べるやつ」
リナがそれを見る。
「……食べられるの」
「軽いやつ」
シャーロットは答える。
「無理しないで、少しずつ」
リナは頷く。
シャーロットは簡単に処理を始める。水で軽く洗い、柔らかい部分だけを選ぶ。火はない。だから、そのままか、軽く潰して飲み込みやすくする。
「……これでいい」
リナに渡す。
リナは少しだけ見てから、口に運ぶ。
ゆっくり噛む。
飲み込む。
「……大丈夫」
「うん」
シャーロットは頷く。
「無理しないで」
それだけだ。
食べる量は多くない。
でも、ゼロよりはいい。
ミアにも同じように少量だけ与える。こちらはさらに慎重に。口元に触れさせ、反応を見る。少しだけ受け入れる。
それで十分。
「……これも繋ぐやつ」
シャーロットが言う。
リナは小さく頷く。
その言葉の意味は、もう分かっている。
しばらくして、家の外で足音が止まる。
シャーロットは反応する。
クロエがすでに入口の方へ視線を向けている。
「……人」
小さく言う。
扉が軽く叩かれる。
「……いるか」
昨日の男の声だった。
シャーロットは立ち上がり、扉を開ける。
「どうしました?」
男は中を少し覗く。
リナとミアを見る。
それから、シャーロットに視線を戻す。
「……あの子たち、どうだ」
短い言葉。
だが、気にしているのが分かる。
「少し落ち着いてます」
シャーロットは答える。
男は小さく息を吐く。
「そうか」
それだけだった。
それ以上は聞かない。
でも、それで十分だった。
男は少しだけ間を置いてから言う。
「……外から来たのに、そこまでやるのか」
その言葉に、シャーロットは少しだけ考える。
すぐには答えない。
それから、静かに言う。
「見えるから」
それだけだった。
男はその言葉をそのまま受け取る。
しばらく何も言わない。
それから、小さく頷く。
「……そうか」
短い返事。
それで終わり。
男はそれ以上何も言わず、離れていく。
シャーロットは扉を閉める。
静けさが戻る。
リナがこちらを見ている。
「……見えるから、ってなに」
小さな声。
シャーロットは少しだけ考える。
言葉にするのは簡単ではない。
でも、隠すことでもない。
「目の前にいるから」
ゆっくりと言う。
「手が届くから」
リナは黙る。
そのままミアを見る。
「……届くの?」
小さく聞く。
シャーロットは短く答える。
「届く」
断定する。
それ以上は言わない。
リナはその言葉をそのまま受け取る。
否定しない。
でも、完全に信じるわけでもない。
それでいい。
シャーロットは作業に戻る。
乳鉢に手を置く。
次の分を作る。
流れは変わらない。
場所が違うだけ。
「……まだ足りないね」
ぽつりと呟く。
クロエが答える。
「継続が必要です」
「うん」
シャーロットは頷く。
一度では終わらない。
続ける必要がある。
その中で、少しずつ変わる。
「……もう少しだけやろう」
小さく言う。
クロエが頷く。
リナは何も言わない。
ただ、ミアの手を握ったまま、少しだけ力を込めた。
その動きで十分だった。
白花の薬屋ではない場所。
でも、やることは同じ。
見て、支えて、繋ぐ。
それを繰り返す。
その先に、何があるかはまだ分からない。
でも――
今はそれでいい。
シャーロットは静かに手を動かし続けた。




