表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/93

■第1章 第5節:ひとりになる

三人の背中が見えなくなってから、どれくらい時間が経ったのか分からなかった。森の中は相変わらず静かで、さっきまでの戦闘の気配もすでに薄れている。風が木々を揺らし、葉の擦れる音だけが一定のリズムで続いていた。


シャーロットはしばらくその場に立っていたが、やがて小さく息を吐いて歩き出す。来た道を戻るだけだ。特別なことは何もない。いつもと同じ森で、ただ隣に誰もいないだけだった。


(帰ろう)


それだけを考える。王都に戻れば、ギルドもあるし、宿もある。とりあえず困ることはない。頭では分かっている。


それでも、足取りは少しだけ遅かった。


森の中を進む。足元の感触、木々の配置、視界の開け方。どれも見慣れたものだ。何度も通った道だから迷うことはない。むしろ、体が勝手に動く。


ふと、足を止める。


(……あ)


違和感に気づく。


周囲に、ほんのわずかな気配がある。さっきまでならレオンたちが気づいて対処していた程度のものだ。強くはない。だが、完全に無視できるほど弱くもない。


シャーロットは少しだけ周囲を見渡す。視線を巡らせ、気配の位置を探る。


(あっち、かな)


茂みの奥。視線を向けると、わずかに動く影が見えた。小型の魔物だ。単体であれば脅威ではないが、油断すれば怪我はする。


いつもなら、前に誰かがいる。


ガルドが盾で受けて、レオンが斬って、セリスが魔法で削る。その流れが当たり前だった。


でも、今は違う。


(……やるしかないか)


小さく呟く。


腰のポーチに手を伸ばす。中にはいくつかのポーションが入っている。自分で作ったものではない。市販品だ。効果は分かっている。普通の回復薬。


それを確認してから、一歩前に出る。


魔物もこちらに気づいたらしく、ゆっくりと距離を詰めてくる。唸り声は低く、警戒している様子が見て取れた。


シャーロットは深く息を吸う。


戦えないわけではない。冒険者としての最低限の訓練は受けている。白魔法も使える。問題はないはずだ。


(大丈夫)


自分に言い聞かせる。


魔物が飛びかかってくる。タイミングは分かる。見えている。体を横にずらし、直撃を避ける。完全には避けきれず、腕に軽い衝撃が走る。


「っ……」


小さく息が漏れる。だが、大きなダメージではない。すぐに距離を取る。


(これくらいなら)


手のひらに魔力を集め、小さな回復をかける。傷は浅い。すぐに塞がる。


魔物は再び構え直している。数は一体。動きも単純だ。冷静に見れば、対処はできる。


もう一度、タイミングを見る。


踏み込み。避ける。距離を取る。その繰り返し。


少しずつ、慣れてくる。


(あれ……)


ふと、気づく。


動けている。


今までと同じように、とはいかない。けれど、何もできないわけでもない。


三人がいないだけで、戦えなくなるわけではない。


ただ――


(やりづらい)


それははっきりしていた。


前に出てくれる人がいない。攻撃を引き受けてくれる人がいない。火力で一気に削ってくれる人もいない。


全部、自分でやらないといけない。


それが、こんなにも違うものなのかと実感する。


魔物の動きが鈍った瞬間、距離を詰める。手に持ったナイフで浅く切りつける。大きなダメージにはならないが、確実に削っていく。


時間はかかったが、やがて魔物は力を失い、その場に倒れた。


静寂が戻る。


シャーロットはその場に立ったまま、少しだけ息を整える。


(……終わった)


思ったよりも疲れている。大した戦闘ではなかったはずなのに、体に残る消耗がはっきりと分かる。


今までなら、こんな感覚はほとんどなかった。


「そっか……」


小さく呟く。


これが、本来の状態だ。


何も整えられていない状態で戦うと、こうなる。消耗はそのまま残るし、動きも少しずつ鈍っていく。


今までが、少し違っていただけだ。


(……帰ろう)


もう一度そう思う。


ここにいる理由はない。依頼も終わっている。パーティもない。


なら、戻るしかない。


シャーロットはゆっくりと歩き出す。さっきよりも足取りはしっかりしていた。自分で戦って、自分で回復して、それでも歩ける。


それだけで十分だった。


森を抜けると、遠くに王都の外壁が見えてくる。見慣れた景色だ。あそこに戻れば、とりあえずは落ち着く。


(これから、どうしようかな)


ぼんやりと考える。


またパーティを探すのか。それとも別のことをするのか。特に決めてはいない。


急ぐ必要もないと思った。


今はただ、ひとりになっただけだ。


それ以上でも、それ以下でもない。


シャーロットは門へ向かって歩く。夕暮れの光が長く影を伸ばしていた。隣に並ぶ影はない。


それでも、足は止まらない。


ひとりで歩くことに、少しずつ慣れていくように。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ