■第1章 第4節:追放された白魔法使い
森の中、少し開けた場所でレオンが足を止めた。戦闘の合間でもなく、依頼が終わったわけでもない。ただ、歩いている途中での不自然な停止だった。
「……ちょっといいか」
振り返らずに言う。その声はいつもと変わらない。軽くもなく、重くもない。ただの確認のような響きだった。
ガルドが足を止め、セリスも同じように動きを止める。シャーロットも少し遅れて立ち止まった。
「どうした?」
ガルドが短く聞く。
レオンは一度だけ周囲を見て、それからようやく振り返った。その視線は三人を順に見て、最後にシャーロットで止まる。
「結論から言う。シャーロット、お前は外れてくれ」
あまりにもあっさりとした言い方だった。
風が一瞬だけ止まったように感じる。森の音が遠くなる。シャーロットはその言葉をそのまま受け取るまで、少しだけ時間がかかった。
「……え?」
小さく声が漏れる。
レオンは表情を変えないまま続けた。
「今まで助かってたのは事実だ。でもな、コストに見合ってない」
言葉は淡々としていた。感情を乗せていない分、余計に冷たく聞こえる。
「コスト……?」
シャーロットが繰り返す。
セリスが横から口を開いた。
「魔力ポーションの消費量です。あなたがいることで、継続的に使用する必要が出ている。それが問題です」
理屈だけを並べる声だった。
「ですが、その効果は目に見えていません。大きな回復もない。結果として、費用対効果が悪いと判断しました」
淡々とした説明だった。間違っているとは思っていない声。
ガルドも腕を組んだまま言う。
「正直、そこまで回復されてる実感もねぇ」
短く、それだけだった。
シャーロットは少しだけ言葉を探す。
(回復、してるよ)
そう思う。でも、それをどう説明すればいいのか分からない。自分のやっていることは、目に見えない。派手な回復ではないし、数値としても出ない。
ただ、整えているだけだ。
「……でも」
口を開きかけて、止まる。
何を言えばいいのか分からない。
レオンが小さく息を吐く。
「別に揉めたいわけじゃない。ただ、これ以上は無駄だって判断しただけだ」
その言葉に、迷いはなかった。
「このまま三人でやっても問題ない。実際、さっきも余裕だったしな」
その言葉に、セリスが頷く。
「はい。現状の戦闘結果を見る限り、支援の有無による差は確認できません」
ガルドも短く言った。
「問題ねぇな」
三人の認識は揃っている。
シャーロットはそれを聞きながら、静かに息を吐く。
(そっか)
否定はできなかった。三人から見れば、そう見えているのだろう。実際、大きな回復をしているわけでもない。戦闘は安定しているし、誰も倒れていない。それが“普通”だと思われている。
その普通を、自分が作っているだけで。
「……分かった」
小さく、そう答える。
レオンは少しだけ視線を緩めた。
「悪いな。装備は持っていっていい。今までの分配もあるし、それは問題ない」
淡々とした処理のような言い方だった。
「ただ――」
一瞬だけ言葉を区切る。
「その杖は置いていってくれ」
シャーロットの手元に視線を向ける。
それは、少し前の依頼で手に入れた杖だった。まだ新しい。使い慣れてはいないが、確かに自分の装備として扱っていたものだ。
「それは、前の依頼で出たやつだ。パーティの共有資産って扱いだな」
レオンがそう言う。
セリスも補足する。
「適性を考えれば、私が使用した方が効率的です」
合理的な判断だった。間違ってはいない。
シャーロットは杖を見下ろす。
少しだけ、指に力が入る。
(……あ)
ほんのわずかに、迷いが生まれる。
でも、それもすぐに消える。
「……うん」
静かに頷く。
杖を外し、レオンの方へ差し出す。レオンはそれを受け取り、軽く確認してからセリスへ渡した。
それで終わりだった。
思っていたよりも、あっさりしている。
もっと何かあると思っていた。怒りとか、悲しみとか、そういう分かりやすい感情が出ると思っていた。
でも、出てこない。
ただ、少しだけ。
(ああ、そっか)
納得してしまっただけだった。
三人にとって、自分はそこまで必要な存在ではなかった。それだけのことだ。
「じゃあ、ここで解散だな」
レオンがそう言う。
「街に戻るなら勝手にしろ。危険な場所じゃないし、問題ないだろ」
その言葉にも、特別な感情はない。
ガルドも何も言わない。セリスもすでに杖の状態を確認している。
シャーロットは小さく頷いた。
「……うん、大丈夫」
それだけ言う。
レオンはそれ以上何も言わず、三人で歩き出した。
背中が、すぐに遠ざかっていく。
呼び止める理由はなかった。
シャーロットはその場にしばらく立っていた。森の音がゆっくりと戻ってくる。風が木々を揺らし、葉の擦れる音が耳に入る。
ひとりになった。
その事実を、ゆっくりと受け入れる。
(……まぁ、いいか)
小さく呟く。
できることは変わらない。やることも変わらない。ただ、少しだけ環境が変わるだけだ。
それだけのことだと思うことにした。
シャーロットは一度だけ深く息を吸って、それからゆっくりと歩き出す。来た道を戻るように。
手元には、もう杖はない。
それでも、不思議と困る感じはしなかった。
ただ――
ほんの少しだけ、胸の奥が静かに冷えているような感覚だけが残っていた。




