■第1章 第3節:評価のズレ
森から戻る頃には、日が傾き始めていた。王都の門をくぐると、外とは違う空気が流れている。人の多さ、声の大きさ、匂いの混ざり方。そのどれもが当たり前のようでいて、少しだけ息苦しい。
四人はそのままギルドへ向かった。扉を開けると、いつも通りのざわめきが迎える。冒険者たちの笑い声、依頼書をめくる音、酒をあおる音。戦闘の直後でも、ここではすべてが日常に戻る。
レオンは迷いなく受付へ向かい、討伐の報告を済ませる。手際はいい。慣れている動きだった。カウンター越しに素材を渡し、簡単なやり取りだけで報酬の話に移る。
「この数なら上出来ですね」
受付の女性がそう言いながら書類をまとめる。レオンは軽く肩をすくめた。
「まぁな。余裕だったし」
その言葉に、ガルドも短く頷く。
「ああ、問題ねぇ」
セリスも同意するように口を開く。
「無駄な消耗もありませんでした。効率的です」
三人の言葉は揃っていた。実際、結果だけ見ればその通りだ。討伐数、消耗、時間、どれを取っても優秀な数値だろう。受付の女性も満足そうに書類を処理している。
「さすがAランクですね。安定しています」
その言葉に、レオンが少しだけ笑った。
「だろ?」
自信に満ちた声だった。疑いはない。
シャーロットはその少し後ろで、静かに立っている。特にやることはない。報告も、交渉も、前に立つ三人がすべて済ませる。
(安定、か)
その言葉が頭の中で繰り返される。
間違ってはいない。むしろ正しい評価だと思う。安定している。それは事実だ。
ただ、その理由が少し違うだけで。
報酬の袋が手渡され、手続きが終わる。レオンは中身を軽く確認し、満足そうに頷いた。
「悪くないな」
「相場通りですね」
セリスが横から覗き込む。ガルドは特に興味がないのか、腕を組んだまま周囲を見ていた。
「じゃあ、次どうする?」
レオンが三人に視線を向ける。すでに次の話に移っている。
「まだ時間がありますし、もう一件いけますね」
セリスが即座に答える。効率を優先する考え方だ。
「問題ねぇ。まだ動ける」
ガルドも同じだ。消耗を感じていない、あるいは無視している。
レオンは少し考えるような素振りを見せてから、すぐに決断した。
「よし、もう一件行くか」
迷いはなかった。
シャーロットはそのやり取りを見ながら、小さく視線を落とす。
(……大丈夫、だよね)
体の状態は把握している。ガルドはまだ余裕がある。レオンも動ける。セリスの魔力も残っている。
ただ、それは“整っているから”であって、本来の状態ではない。
もし何もしなければ、少しずつズレていく。疲労が溜まり、判断が鈍り、連携に隙が生まれる。それを、今は自分が埋めている。
でも、そのことを三人は知らない。
「シャーロットもいいよな?」
レオンが軽く聞いてくる。確認というより、形式的なものだ。
「うん、大丈夫だと思うよ」
いつも通りに答える。それで問題はない。
「じゃあ決まりだな」
レオンはすぐに受付へ戻り、次の依頼書を取る。動きに無駄がない。効率的で、そして速い。
その間、セリスは依頼内容に目を通している。
「討伐対象は中型種ですね。数は少ないですが、個体はやや強めです」
「ちょうどいいな」
レオンが即答する。
ガルドも短く言った。
「問題ねぇ」
三人の中では、すでに決まっている。やるか、やらないかではなく、どうやるかの段階に入っている。
シャーロットはその少し後ろで立ったまま、言葉を探す。
(……言った方がいいのかな)
ほんの少しだけ、迷う。
無理ではない。でも、完全に余裕でもない。ほんの少しだけ調整が必要になる。その程度の差だ。
「――いや、いいか」
小さく呟く。
言う必要はない。今までだって問題なかった。これからも同じようにやればいい。
自分が整えれば、それで済む。
レオンが依頼書を手に戻ってくる。
「これでいくぞ」
その声に、三人が自然に動き出す。シャーロットもその後ろについていく。
ギルドの外に出ると、夕方の光が街を包んでいた。少しずつ人の流れが変わり始めている時間帯だ。帰る者、出ていく者、それぞれの動きが交差している。
四人はその流れの中を抜けていく。
レオンは前を歩きながら、次の戦闘の話をしている。ガルドはそれに短く答え、セリスは効率や配置の話をする。
シャーロットは少し離れた位置から、その会話を聞いていた。
会話の中に、自分の名前は出てこない。
それはいつものことだ。
必要とされていないわけではない。少なくとも、そう思いたい。でも、前提として“いなくても成り立つ”と思われている気配がある。
(……まぁ、いいか)
小さく思う。
実際、自分は派手なことはしていない。大きな回復も、目立つ魔法も使っていない。ただ、細かく整えているだけだ。
それを評価しろと言う方が難しいのかもしれない。
それでも、ほんの少しだけ。
(ちょっとだけ、違うんだけどな)
心の中で呟く。
三人の背中は、まっすぐ前を向いている。自信があって、迷いがない。その姿は間違いなく強い。
でも、その強さの形が、少しだけ違って見えた。
シャーロットはその後ろを、いつも通りの距離で歩く。
その距離は変わらないはずなのに、なぜか少しだけ遠く感じた。




