■第1章 第2節:見えない支援
依頼の報告を終えたあと、四人はそのまま次の依頼を受けることになった。ギルドの空気はいつもと変わらない。ざわついた声と、酒の匂いと、紙の擦れる音。受付で手続きを済ませるレオンの背中を、シャーロットは少し離れた位置から見ていた。
「次は討伐依頼だ。少し奥に入るが問題ないな」
振り返りもせずにレオンが言う。ガルドは短く頷き、セリスも特に異論はないようだった。
「効率的ですね。連続でこなした方が時間の無駄がありません」
その言葉にレオンが軽く笑う。
「だろ? まだ余裕あるしな」
三人の会話は、いつも通り軽い。戦闘の直後だというのに疲れた様子はほとんどない。それは事実として“そう見える”だけで、実際には違う。シャーロットにはそれが分かっていた。
(少しだけ、残ってる)
ガルドの腕。レオンの足。セリスの呼吸。それぞれに、ごくわずかな消耗が蓄積している。戦闘を終えた直後なら当たり前のことだ。だが、その“当たり前”がこのパーティではほとんど表に出てこない。
理由は単純だった。
シャーロットが調整しているからだ。
ギルドを出て、再び森へ向かう。足取りは軽い。誰も疲労を意識していないように見える。レオンは前を歩きながら次の戦闘の話をしているし、ガルドも普段と変わらない調子で歩いている。セリスは地形や効率のことを考えているらしく、時折視線を巡らせていた。
シャーロットはその後ろを、少し距離を空けてついていく。いつもの位置だ。前に出ることはない。必要もない。
(ここかな)
歩きながら、ほんの少しだけ魔力を流す。極めて微量。意識しなければ感じ取れない程度のもの。それをガルドに向けて流し、筋肉の張りを軽くする。次にレオンへ。足の動きが鈍くならないよう、ほんの少しだけ調整する。最後にセリスへ。魔力の流れを整え、回復効率をわずかに上げる。
どれも小さなものだ。だが、それで十分だった。
「今日は当たりだな、流れがいい」
レオンがそう言う。機嫌がいいときの声だった。
「問題ねぇ。まだ動ける」
ガルドも同意するように言う。実際、体は軽いと感じているはずだ。本来なら、前の戦闘で多少は疲労が残っている。それでも“問題ない”と断言できる程度には整っている。
「魔力の消費も抑えられています。悪くないですね」
セリスもまた、同じ認識だった。自分の管理がうまくいっていると信じている声だ。
シャーロットは何も言わない。ただ、静かに聞いているだけだった。
森の奥に進むにつれて、空気が少しずつ重くなる。魔物の気配も増えてきている。レオンが足を止め、周囲を確認した。
「来るぞ」
短い声だった。次の瞬間、茂みの奥から魔物が姿を現す。先ほどよりも少しだけ強い個体。数も多い。
「いいな、このくらいの方がやりがいがある」
レオンはそう言って剣を抜く。ガルドが前に出て盾を構え、セリスが後方で詠唱の準備に入る。流れは完全にできあがっている。
戦闘が始まる。
ガルドが攻撃を受け止め、レオンが隙を突いて斬り込む。セリスの魔法がそれを後押しする。連携は悪くない。むしろ、かなり良い部類に入る。
だが、それだけでは足りない。
本来なら、どこかで崩れるはずだった。受けきれない攻撃が来るか、レオンの踏み込みが遅れるか、セリスの魔力が一時的に枯渇するか。どこかに“隙”が生まれる。
それが、このパーティでは生まれない。
シャーロットが、それを消しているからだ。
(少し早いかな)
ガルドの負担が増えるタイミングで、わずかに魔力を送る。ほんの少しだけ受け流しやすくする。それだけで、次の攻撃までの余裕ができる。レオンが踏み込む瞬間に、足の動きを軽くする。タイミングがほんのわずかに早くなり、攻撃がより深く入る。セリスの詠唱が終わる直前、魔力の流れを整える。結果として、威力と安定性が上がる。
どれも一瞬だ。誰にも気づかれない。だが確実に、戦闘の流れを変えている。
「いいぞ、そのまま押す!」
レオンの声が響く。自分の判断が正しいと確信している声だった。
「まだ耐えられる!」
ガルドも同じだ。自分の限界を正確に把握しているつもりでいる。
「このまま削りきります」
セリスもまた、計算通りに進んでいると信じている。
シャーロットはその後ろで、静かに指先を動かし続ける。特別なことは何もしていない。ただ、崩れないように整えているだけだ。
戦闘はそのまま終盤に入る。数が減り、動きが単調になっていく。最後の一体をレオンが斬り伏せたとき、ほとんど消耗を感じさせないまま戦闘は終わった。
「やっぱり余裕だな」
レオンが笑う。ガルドも盾を下ろしながら頷く。
「ああ、問題ねぇ」
セリスは杖を軽く振りながら言った。
「計算通りです。消耗も最小限に抑えられています」
その言葉に、シャーロットはほんの少しだけ視線を落とす。
(……うん、そうだね)
間違ってはいない。結果としては、その通りだ。
ただ、その“計算”の中に、自分が含まれていないだけだ。
「シャーロット、回復いるか?」
レオンがいつものように聞いてくる。振り返りもしない軽い確認だ。
「ううん、大丈夫だと思うよ」
シャーロットはいつも通りに答える。実際に問題はない。必要な分はすでに整えている。
「だよな。無駄な回復いらないしな」
レオンはそう言って前を向く。ガルドも特に気にした様子はない。セリスは次の戦闘を想定しているのか、すでに別のことを考えていた。
シャーロットはその後ろを歩きながら、小さく息を吐く。
自分のやっていることは間違っていないと思う。誰も怪我をせず、無理もせず、安定して依頼をこなせている。それでいいはずだ。
でも、どこか引っかかる。
(……見えてない、よね)
ぽつりと、心の中で呟く。
誰も気づいていない。気づかなくても困らないからだ。むしろ、その方が都合がいいのかもしれない。
それでも――ほんの少しだけ。
その“見えなさ”が、前よりも大きくなっている気がした。




