■第4章 第5節:外へ広がる気配(下)
夕方の光が落ち始める頃、白花の薬屋の中には一日の流れが静かに残っていた。作業台の上は片付けられ、使い終えた器具は整えられている。棚には今日作った分の容器が並び、色も香りも大きく揃っていた。朝から続いた流れは途切れることなく、無理もなく、ただそのまま回り切った。
シャーロットは少し離れた位置からそれを見て、小さく息を吐く。
「……回ったね」
ぽつりと呟く。
クロエが横で答える。
「問題なく稼働しました」
「その言い方、ほんと機械みたいだね」
「事実です」
シャーロットは少し笑う。
だが、その通りだった。問題はなかった。途中で詰まることもなく、焦ることもなく、ただ来た人に合わせて作り、渡して、次へ進む。それが一日続いた。
「……ちょっと増えたけど、大丈夫だった」
「処理可能範囲内です」
「うん」
シャーロットは作業台に手を置く。
揺れない。
その感触を確かめる。
今日だけで何度も触れているが、それでも安心する。
「……これなら、もう少し増えてもいけそう」
自然とそう思う。
クロエは一瞬だけ間を置く。
「段階的であれば可能です」
「急に増やさなければってこと?」
「はい」
シャーロットは軽く頷く。
「だよね」
無理はしない。
それは決めている。
だが、今日の流れを見る限り、少し余裕はある。
その余裕が、次を考えさせる。
シャーロットは棚に並んだ容器を見る。
数は十分。
質も安定している。
村の中だけなら、今のままで回せる。
(でも)
少しだけ考える。
外から人が来始めている。
町でも話が出ている。
それが続けば、素材の消費も増える。
「……足りなくなるかも」
ぽつりと呟く。
クロエが答える。
「現在の採取範囲では限界があります」
「だよね」
シャーロットは軽く頷く。
今使っている素材は、村の周辺で手に入るものだ。質は悪くないが、数に限りがある。人が増えれば、消費も増える。
「……ちょっと外行く必要あるね」
自然とそう言葉が出る。
クロエは否定しない。
「はい。範囲拡張は有効です」
「その言い方やめて」
シャーロットは少し笑う。
だが、意味は分かる。
今の場所だけでは足りない。
少し外へ出る必要がある。
「町の周りとか、もう少し先とか」
「安全範囲の確認が必要です」
「だね」
シャーロットは少し考える。
遠すぎると危ない。
近すぎると意味がない。
その間を探す必要がある。
「……明日じゃなくて、少し準備してからかな」
「妥当です」
クロエは短く答える。
シャーロットは作業台から手を離し、少しだけ伸びをする。
体は軽い。
疲れていないわけではないが、重さはない。
「……動けるね」
ぽつりと呟く。
クロエが言う。
「余力があります」
「うん」
それが大事だった。
動ける状態で外に出る。
無理して行くわけではない。
「……ちょっと楽しみかも」
自然とそう思う。
薬屋を始めてから、ほとんどこの場所から動いていない。村の中と、町へ一度行ったくらいだ。
少し外へ出る。
素材を探す。
それは必要なことでもあり、少しだけ気分も変わる。
「外の素材、どう違うかな」
「品質差があります」
「やっぱり?」
「はい。環境に依存します」
「それも楽しみだね」
シャーロットは少し笑う。
新しいものを見つける。
試す。
それでまた少し良くなる。
その流れは悪くない。
外が少し暗くなり始める。
村の音も落ち着いてくる。
シャーロットは扉を閉める。
今日の営業は終わりだ。
中に戻ると、静けさが広がる。
だが、その静けさは空っぽではない。
今日の流れがそのまま残っている。
シャーロットは棚の前に立ち、容器を一つ手に取る。
軽く振る。
中の液体は揺れるが、濁りはない。
「……いいね」
ぽつりと呟く。
クロエが答える。
「安定しています」
「うん」
シャーロットはそれを戻す。
そして、少しだけ考える。
「……外行く時、どれくらい持っていく?」
「最低限の装備と、採取用具」
「だよね」
「防護も必要です」
「そこまで危なくないと思うけど」
「不確定要素です」
シャーロットは少し考えてから頷く。
「分かった、ちゃんと準備する」
無理はしない。
それは変わらない。
「……場所も決めないとね」
「候補を出します」
「お願い」
クロエは短く頷く。
しばらく静かな時間が流れる。
シャーロットは作業台に戻り、軽く手を置く。
今日一日を思い返す。
外から人が来た。
同時に処理できた。
崩れなかった。
「……ちゃんと回ってる」
ぽつりと呟く。
クロエが答える。
「はい」
その一言で十分だった。
シャーロットはゆっくりと息を吐く。
ここまで来た。
最初は何もなかった。
道具も揃っていなかった。
作り方も曖昧だった。
それが今は――
続けられる形になっている。
「……次、行けるね」
自然とそう言葉が出る。
クロエが静かに頷く。
「はい」
それは、ただの思いつきではない。
次の段階。
外へ出る。
素材を探す。
そして――
そこで、新しい何かに出会う。
シャーロットは窓の外を見る。
夜がゆっくりと広がっている。
その先に、まだ見ていない場所がある。
「……行こうか」
小さく呟く。
クロエが答える。
「はい」
白花の薬屋は、ここで一度区切りを迎える。
整い、回り、安定した。
だからこそ、次に進める。
その先で、何に出会うかはまだ分からない。
だが――
進む準備は、もうできていた。




