■第4章 第5節:外へ広がる気配(中)
ぽつりと呟く。
クロエが答える。
「来客間隔が伸びています」
「ちょっと一息つける感じ」
「はい」
午前は少しだけ人の流れが多かった。村の人に加えて、外から来た人が混じった分、いつもより密度があった。それでも崩れなかったのは、環境が整っているからだと分かる。
シャーロットは乳鉢を手に取り、軽く中を確認する。すでに洗ってあるが、香りがわずかに残っている。その香りも以前より穏やかで、混ざりすぎていない。
「……こういうのも違うね」
「残留が減っています」
「うん、混ざらない」
それだけで、次に作るものへの影響が減る。
シャーロットは袋から薬草を取り出し、状態ごとに分ける。手の動きは自然で、選ぶ時間も短い。迷いが減っている。
(前より判断早いな)
自分でも分かる。
クロエが横から見ている。
「基準が固定されています」
「そんな感じかも」
シャーロットは軽く頷く。
葉の張り、色、香り。言葉にしなくても、手が止まらない。それが基準になっている。
作業台の上に並べる。
必要な分だけ。
無駄に多く出さない。
それも自然にできるようになっていた。
「……やりやすいね、ほんと」
「はい」
クロエは短く答える。
そのとき、扉の外で声がした。
「ここで合ってる?」
聞き慣れない声だった。
シャーロットは顔を上げる。
「どうぞ」
中に入ってきたのは、二人組だった。どちらもこの村の人ではない。服装や持ち物が少し違う。町から来たのか、それとも別の場所からか。
一人が周囲を見渡す。
「ここが……白花の薬屋?」
「はい」
シャーロットは落ち着いて答える。
もう驚きは少ない。
外から来る人がいる。
それは分かっている。
ただ、二人同時というのは少しだけ違う。
「話聞いて来たんだけどさ」
もう一人が言う。
「ちょっと効きがいいって」
シャーロットは軽く首を傾げる。
「普通のものとそんなに変わりませんよ」
「それでもいい」
最初に話した方が言う。
「こっちは急ぎじゃないけど、ちゃんとしたのが欲しい」
その言い方は、少しだけ違っていた。
“すごいもの”ではなく、“ちゃんとしているもの”を求めている。
シャーロットは小さく頷く。
「症状を教えてください」
話を聞く。
軽い関節の痛みと、疲労。
どちらも重くはない。
だが、長引くと面倒になる。
シャーロットは作業台に向かう。
乳鉢に薬草を入れる。
潰す。
均一に。
無駄なく。
金属容器に移す。
水を加える。
火にかける。
混ぜる。
流れは変わらない。
だが、二人分を同時に処理することになる。
(いけるかな)
一瞬だけ考える。
だが、手は止まらない。
一つ目を火にかけながら、次の薬草を乳鉢で潰す。
火の様子は安定している。
だから、目を離しても問題ない時間がある。
その間に次を進める。
(あ、これ)
自然と理解する。
同時にできる。
今までなら無理だった。
一つずつしかできなかった。
今は違う。
流れがつながっている。
「……これ、いけるね」
小さく呟く。
クロエが答える。
「同時処理が可能です」
「うん」
シャーロットは軽く頷く。
一つ目を陶器の容器に移し、冷ます。
その間に二つ目を仕上げる。
時間差で進める。
無理はしていない。
ただ、止まらないだけだ。
二つとも完成する。
「こちらです」
それぞれに渡す。
二人は受け取り、少しだけ見比べる。
「……同じだな」
「色も匂いも似てる」
その言葉に、シャーロットは少しだけ安心する。
「同じように作っています」
「それがいい」
短く答える。
二人は代価を置き、そのまま出ていく。
やり取りは短い。
だが、確かな変化があった。
シャーロットはしばらくその場に立ったまま動かなかった。
「……今、同時にできたね」
ぽつりと呟く。
クロエが答える。
「環境と手順が一致しています」
「また難しい言い方」
「無駄がないということです」
「それなら分かる」
シャーロットは少し笑う。
だが、実感はある。
前なら無理だった。
一つずつしかできなかった。
今は流れがある。
それに乗れば、自然と次ができる。
「……これ、結構大きいね」
「処理効率が上がっています」
「うん」
シャーロットは作業台に手を置く。
揺れない。
その感触を確かめる。
「この台のおかげだね」
「はい」
クロエは短く答える。
それだけではない。
乳鉢、火、容器。
全部が合っている。
その結果として、今がある。
扉の外から、また足音が聞こえる。
今度は一人。
入ってきたのは、村の人だった。
顔見知りだ。
「外から人来てるな」
そう言う。
「はい、少しだけ」
「噂、結構広がってるぞ」
シャーロットは軽く息を吐く。
「そんなにですか?」
「町の方でも話出てるってよ」
「町でも……」
思っていたより早い。
昨日行ったばかりの場所だ。
そこからさらに広がっている。
「まぁ、変なもんじゃなきゃいいんだ」
男はそう言う。
「ちゃんとしてるなら、それで十分だ」
その言葉は、さっきと同じだった。
“ちゃんとしている”。
それが基準。
それが評価。
シャーロットは軽く頷く。
「そのつもりです」
男は短く笑う。
「なら大丈夫だな」
それだけ言って、用件を済ませて出ていく。
扉が閉まる。
静けさが戻る。
シャーロットは作業台の前に立つ。
少しだけ考える。
「……増えるね」
ぽつりと呟く。
クロエが答える。
「はい」
「でも、回せる」
「現状は可能です」
「うん」
シャーロットは軽く頷く。
不安はある。
でも、それ以上に手応えがある。
今の状態なら、少し増えても崩れない。
「無理しない範囲でやろう」
「はい」
クロエは短く答える。
シャーロットは乳鉢に手を置く。
冷たい感触。
安定した位置。
「……これなら大丈夫」
自然とそう思う。
外の流れが変わっても、中が崩れなければいい。
その準備はできている。
「……続けよう」
小さく言う。
クロエが頷く。
「はい」
その一言で十分だった。
白花の薬屋は、外へ広がりながらも、内側は崩れていない。
それが今、一番大事なことだった。




