■第4章 第1節:整え始める(下)
夕方に差し込む光は、昼とは違ってどこか落ち着いた色をしていた。机の上に並べた容器の影が長く伸び、その一つ一つがはっきりと見える。シャーロットはその光景をしばらく眺めてから、小さく息を吐いた。「……今日はこれで終わりかな」静かな声だったが、どこか区切りをつけるような響きがあった。
机の上には今日作った分のポーションが並んでいる。昨日よりも少し揃っていて、見た目のばらつきもわずかに減っている。それでも完全ではない。同じように作ったはずなのに、色や香りが微妙に違う。その差は使う分には問題ない程度だが、気にならないわけではなかった。
シャーロットは一つの容器を手に取り、光にかざす。「……やっぱり、完全には揃わないね」ぽつりと呟く。クロエがすぐに答えた。「原因は明確です」「火と容器、あと作業環境だよね」「はい」短いやり取りだったが、結論はすでに出ている。
シャーロットは容器を机に戻し、手を軽く払う。「まぁ、今はこれで問題ないけど」そう言いながらも、その言葉に納得しきっていないのは自分でも分かっていた。問題はない。ただし、この先も同じやり方で通せるとは思えない。数を増やすほど、ズレは大きくなる。
椅子に腰を下ろし、背もたれに軽く寄りかかる。体に残る疲れは昨日より少ない。動きが整った分、無駄な力を使っていないのだろう。それでも頭の中は休まらない。作業が終わると、次にやるべきことが自然と浮かんでくる。
「……町、行くしかないか」
小さく呟く。
クロエはすぐに反応しない。少しだけ間を置いてから、「現状の改善には必要です」と答えた。
「だよね」シャーロットは軽く頷く。「村の中じゃ限界あるし」
それはもうはっきりしている。ここで揃うのは生活に必要な最低限のものだけだ。細かい調整ができる器具や、品質を揃えるための道具は置いていない。必要とする人が少ないからだろう。
「半日くらいだったよね、距離」
「はい。徒歩で半日程度です」
「思ったより近いな」
「この地域では近い部類です」
シャーロットは少しだけ笑う。「基準が違うね」
クロエは何も言わない。ただ事実として受け取っているだけだ。
シャーロットは視線を机から窓の外へ移す。夕方の村は静かで、人の動きも少ない。昼の作業を終え、それぞれの家に戻っている時間だ。煙突から上がる煙が細く伸び、食事の準備をしている気配が伝わってくる。
「……明日、聞いてみようかな」
ぽつりと呟く。
クロエが視線を向ける。「何をですか」
「町のこと。どこに何があるかとか」
ただ行くだけでは意味がない。必要なものがどこにあるか分からなければ、時間がかかる。村の人なら知っているはずだ。
「合理的です」
「だよね」
シャーロットは軽く頷く。
それと同時に、別のことも考える。
(誰に聞くか)
適当に聞いてもいいが、詳しい人の方がいい。道具を扱う人、修理をする人、もしくはよく町に行く人。その方が確実だ。
「……井戸のおじさんとかかな」
昨日話した老人の顔が浮かぶ。ああいう人は情報を持っていることが多い。
クロエは特に反応しないが、否定もしない。
シャーロットは立ち上がる。「ちょっと外見てくる」
「同行します」
「大丈夫、すぐそこだし」
そう言って外に出る。
空気は少し冷えていたが、不快ではない。むしろ心地よいくらいだ。家の横に立てた看板が目に入る。白花の薬屋と書かれた文字は、夕方の光を受けて柔らかく見える。
その横で、小さな白い花が揺れている。
シャーロットはそれを一瞬だけ見てから、井戸の方へ歩く。
予想通り、昨日の老人がいた。桶を横に置き、腰を下ろしている。
「おう、薬屋」
またそう呼ばれる。
「……その呼び方、定着しそうですね」
少し苦笑しながら言うと、老人は小さく笑った。「名前出したんだ、そりゃそうなる」
シャーロットは少しだけ頷く。「まぁ、そうですよね」
軽く挨拶を交わしてから、本題に入る。
「ちょっと聞きたいことあるんですけど」
「なんだ」
「この近くの町って、どんな感じですか?」
老人は少しだけ考えるように視線を上げる。
「どんな、か。でかくはねぇが、物はそこそこある」
「道具とかも?」
「ある。鍛冶屋もあるし、商人も来る」
それは十分だった。
「距離は半日くらいって聞いたんですけど」
「ああ、歩きでな。道も悪くねぇ」
「危なくはないですか?」
「この辺りはな。奥に行かなきゃ大丈夫だ」
シャーロットは軽く頷く。
想像より条件は悪くない。
「どの辺に店が集まってます?」
「入ってすぐだ。広くねぇから迷わねぇ」
それはありがたい。
「ありがとうございます」
シャーロットは軽く頭を下げる。
老人は気にした様子もなく手を振る。「行くのか」
「たぶん、近いうちに」
「そうか。なら早めがいい」
「早め?」
「日が長い方が楽だ」
確かにそうだ。
シャーロットはもう一度頷く。「気をつけます」
少しだけ雑談をしてから、家へ戻る。
扉を開けると、クロエが変わらず机の近くに立っている。
「どうでしたか」
「思ったより近いし、普通に行けそう」
「危険は?」
「少ないみたい」
クロエは短く頷く。「問題ありません」
シャーロットは机の前に戻る。
視線を布袋に向ける。今日の分の対価が入っている。多くはないが、何もないわけではない。
「……足りるかな」
「最低限は可能です」
「最低限、か」
シャーロットは少しだけ考える。
全部を一度に揃える必要はない。
必要なものから順に。
「優先決めないとだね」
「はい」
シャーロットは指を折りながら考える。
「火を安定させるやつ、容器、あと……作業台は後でもいいかな」
クロエが言う。「火が最優先です」
「だよね」
火が安定すれば、結果も安定する。それが一番大きい。
「じゃあ、それからだね」
シャーロットは軽く頷く。
次に考えるのは日程だ。
「今から、準備して……明日行く?」
クロエは少しだけ間を置く。「可能です」
「店どうするかだね」
シャーロットは少し考える。
閉めるしかない。
一日くらいなら問題ないだろう。
「張り紙とかした方がいいかな」
「簡単なもので十分です」
「だよね」
シャーロットは軽く笑う。
やることは見えてきた。
情報はある。
場所も分かった。
あとは動くだけだ。
「……なんか、ちょっと楽しみかも」
ぽつりと漏れる。
クロエが視線を向ける。
「外に出るの、久しぶりだから」
「必要な行動です」
「それだけじゃなくてさ」
シャーロットは少しだけ笑う。
同じ場所で続けるのもいい。
でも、少し外に出るのも悪くない。
「まぁ、ついでだね」
そう言って、軽く手を払う。
今日はもうやることはない。
明日に備えて休むだけだ。
シャーロットは窓の外を見る。
空はゆっくりと暗くなり始めている。
村は静かに夜へと向かっていく。
その中で、白花の薬屋は次の一歩を決めた。
ただ回すだけの場所から、整えるために動く場所へ。
小さな変化だが、確実な前進だった。
次は外に出る。
必要なものを手に入れるために。
その準備は、もう整い始めていた。




