表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
28/70

■第4章 第1節:整え始める(下)

夕方に差し込む光は、昼とは違ってどこか落ち着いた色をしていた。机の上に並べた容器の影が長く伸び、その一つ一つがはっきりと見える。シャーロットはその光景をしばらく眺めてから、小さく息を吐いた。「……今日はこれで終わりかな」静かな声だったが、どこか区切りをつけるような響きがあった。


机の上には今日作った分のポーションが並んでいる。昨日よりも少し揃っていて、見た目のばらつきもわずかに減っている。それでも完全ではない。同じように作ったはずなのに、色や香りが微妙に違う。その差は使う分には問題ない程度だが、気にならないわけではなかった。


シャーロットは一つの容器を手に取り、光にかざす。「……やっぱり、完全には揃わないね」ぽつりと呟く。クロエがすぐに答えた。「原因は明確です」「火と容器、あと作業環境だよね」「はい」短いやり取りだったが、結論はすでに出ている。


シャーロットは容器を机に戻し、手を軽く払う。「まぁ、今はこれで問題ないけど」そう言いながらも、その言葉に納得しきっていないのは自分でも分かっていた。問題はない。ただし、この先も同じやり方で通せるとは思えない。数を増やすほど、ズレは大きくなる。


椅子に腰を下ろし、背もたれに軽く寄りかかる。体に残る疲れは昨日より少ない。動きが整った分、無駄な力を使っていないのだろう。それでも頭の中は休まらない。作業が終わると、次にやるべきことが自然と浮かんでくる。


「……町、行くしかないか」


小さく呟く。


クロエはすぐに反応しない。少しだけ間を置いてから、「現状の改善には必要です」と答えた。


「だよね」シャーロットは軽く頷く。「村の中じゃ限界あるし」


それはもうはっきりしている。ここで揃うのは生活に必要な最低限のものだけだ。細かい調整ができる器具や、品質を揃えるための道具は置いていない。必要とする人が少ないからだろう。


「半日くらいだったよね、距離」


「はい。徒歩で半日程度です」


「思ったより近いな」


「この地域では近い部類です」


シャーロットは少しだけ笑う。「基準が違うね」


クロエは何も言わない。ただ事実として受け取っているだけだ。


シャーロットは視線を机から窓の外へ移す。夕方の村は静かで、人の動きも少ない。昼の作業を終え、それぞれの家に戻っている時間だ。煙突から上がる煙が細く伸び、食事の準備をしている気配が伝わってくる。


「……明日、聞いてみようかな」


ぽつりと呟く。


クロエが視線を向ける。「何をですか」


「町のこと。どこに何があるかとか」


ただ行くだけでは意味がない。必要なものがどこにあるか分からなければ、時間がかかる。村の人なら知っているはずだ。


「合理的です」


「だよね」


シャーロットは軽く頷く。


それと同時に、別のことも考える。


(誰に聞くか)


適当に聞いてもいいが、詳しい人の方がいい。道具を扱う人、修理をする人、もしくはよく町に行く人。その方が確実だ。


「……井戸のおじさんとかかな」


昨日話した老人の顔が浮かぶ。ああいう人は情報を持っていることが多い。


クロエは特に反応しないが、否定もしない。


シャーロットは立ち上がる。「ちょっと外見てくる」


「同行します」


「大丈夫、すぐそこだし」


そう言って外に出る。


空気は少し冷えていたが、不快ではない。むしろ心地よいくらいだ。家の横に立てた看板が目に入る。白花の薬屋と書かれた文字は、夕方の光を受けて柔らかく見える。


その横で、小さな白い花が揺れている。


シャーロットはそれを一瞬だけ見てから、井戸の方へ歩く。


予想通り、昨日の老人がいた。桶を横に置き、腰を下ろしている。


「おう、薬屋」


またそう呼ばれる。


「……その呼び方、定着しそうですね」


少し苦笑しながら言うと、老人は小さく笑った。「名前出したんだ、そりゃそうなる」


シャーロットは少しだけ頷く。「まぁ、そうですよね」


軽く挨拶を交わしてから、本題に入る。


「ちょっと聞きたいことあるんですけど」


「なんだ」


「この近くの町って、どんな感じですか?」


老人は少しだけ考えるように視線を上げる。


「どんな、か。でかくはねぇが、物はそこそこある」


「道具とかも?」


「ある。鍛冶屋もあるし、商人も来る」


それは十分だった。


「距離は半日くらいって聞いたんですけど」


「ああ、歩きでな。道も悪くねぇ」


「危なくはないですか?」


「この辺りはな。奥に行かなきゃ大丈夫だ」


シャーロットは軽く頷く。


想像より条件は悪くない。


「どの辺に店が集まってます?」


「入ってすぐだ。広くねぇから迷わねぇ」


それはありがたい。


「ありがとうございます」


シャーロットは軽く頭を下げる。


老人は気にした様子もなく手を振る。「行くのか」


「たぶん、近いうちに」


「そうか。なら早めがいい」


「早め?」


「日が長い方が楽だ」


確かにそうだ。


シャーロットはもう一度頷く。「気をつけます」


少しだけ雑談をしてから、家へ戻る。


扉を開けると、クロエが変わらず机の近くに立っている。


「どうでしたか」


「思ったより近いし、普通に行けそう」


「危険は?」


「少ないみたい」


クロエは短く頷く。「問題ありません」


シャーロットは机の前に戻る。


視線を布袋に向ける。今日の分の対価が入っている。多くはないが、何もないわけではない。


「……足りるかな」


「最低限は可能です」


「最低限、か」


シャーロットは少しだけ考える。


全部を一度に揃える必要はない。


必要なものから順に。


「優先決めないとだね」


「はい」


シャーロットは指を折りながら考える。


「火を安定させるやつ、容器、あと……作業台は後でもいいかな」


クロエが言う。「火が最優先です」


「だよね」


火が安定すれば、結果も安定する。それが一番大きい。


「じゃあ、それからだね」


シャーロットは軽く頷く。


次に考えるのは日程だ。


「今から、準備して……明日行く?」


クロエは少しだけ間を置く。「可能です」


「店どうするかだね」


シャーロットは少し考える。


閉めるしかない。


一日くらいなら問題ないだろう。


「張り紙とかした方がいいかな」


「簡単なもので十分です」


「だよね」


シャーロットは軽く笑う。


やることは見えてきた。


情報はある。


場所も分かった。


あとは動くだけだ。


「……なんか、ちょっと楽しみかも」


ぽつりと漏れる。


クロエが視線を向ける。


「外に出るの、久しぶりだから」


「必要な行動です」


「それだけじゃなくてさ」


シャーロットは少しだけ笑う。


同じ場所で続けるのもいい。


でも、少し外に出るのも悪くない。


「まぁ、ついでだね」


そう言って、軽く手を払う。


今日はもうやることはない。


明日に備えて休むだけだ。


シャーロットは窓の外を見る。


空はゆっくりと暗くなり始めている。


村は静かに夜へと向かっていく。


その中で、白花の薬屋は次の一歩を決めた。


ただ回すだけの場所から、整えるために動く場所へ。


小さな変化だが、確実な前進だった。


次は外に出る。


必要なものを手に入れるために。


その準備は、もう整い始めていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ