■第4章 第1節:整え始める(中)
午後の作業は、昨日までと同じようでいて少しだけ違っていた。机の上に並べた素材を見た瞬間から、その違いははっきりしている。状態の良いものとそうでないものを分けてあるだけで、迷う時間が減っていた。選ぶ手が止まらない。それだけで、作業の流れが滑らかになる。
シャーロットは葉を一枚手に取り、軽く潰す。香りを確かめ、感触を確かめてから水に入れる。そこまでは昨日と変わらない。だが、その後の動きが少しだけ変わっている。火に近づける距離、離すタイミング、混ぜる回数。どれも意識しているわけではないが、昨日より迷いが少ない。
「……やっぱり、ちょっと楽だね」
ぽつりと呟く。
クロエが答える。「無駄が減っています」
「そんな感じ」
シャーロットは軽く頷く。
作業が早くなったわけではない。だが、引っかかる部分が減っている。手を止めて考える時間が減り、そのまま次に進める。その差は小さいが、積み重なると大きい。
一つ目を作る。
容器に移し、机の上に置く。
色を見る。香りを確認する。
「……うん、大丈夫そう」
昨日と同じ言葉だが、少しだけ確信がある。
二つ目を作る。
三つ目を作る。
繰り返す。
その中で、やはり気になることが出てくる。
(揃わないな)
同じようにやっているつもりでも、微妙に違う。色が少し濃いもの、少し薄いもの。香りがわずかに違うもの。大きな差ではないが、完全には揃わない。
シャーロットは手を止める。
「……クロエ」
「はい」
「これ、やっぱりズレるね」
クロエは机の上を見て答える。「原因は複数あります」
「だよね」
シャーロットは軽く息を吐く。
材料の差。
火の強さ。
混ぜるタイミング。
どれも影響している。
だが、その中でも一番大きいのは――
「火だよね、これ」
ぽつりと呟く。
クロエは即座に頷く。「安定していません」
「やっぱりか」
今使っているのは、簡単な火だ。調整はできるが、細かくはできない。一定の強さを保つのが難しい。
少し強くすれば一気に温度が上がる。
弱くすれば反応が遅れる。
その間を取るのが、感覚頼りになっている。
「これ、ちゃんとしたやつあれば違うよね」
「違います」
短い答えだった。
シャーロットは少し考える。
今のままでも作れる。
だが、数を増やすなら厳しい。
「……やっぱり必要か」
言葉にすると、少しだけ現実味が増す。
必要なもの。
火を安定させる道具。
作業を支える台。
数を確保する容器。
どれも“あればいい”ではなく、“必要”に変わりつつあった。
シャーロットはもう一度作業に戻る。
今できる範囲でやる。
それしかない。
葉を潰し、水と混ぜる。
火にかける。
混ぜる。
その繰り返し。
だが、意識は少し変わっている。
(これ、限界あるな)
はっきりとそう思う。
昨日は感じなかった“限界”が、今日は見えている。
作業の流れが整ったからこそ、次の問題が見える。
それは悪いことではない。
むしろ自然な流れだった。
シャーロットは一度手を止め、机の上を見渡す。
容器の数。
素材の量。
火の状態。
全部を一度に見る。
「……全部、ちょっとずつ足りないね」
ぽつりと呟く。
クロエが答える。「はい」
否定はない。
そのまま事実として受け取る。
「どれか一つじゃないのが面倒だね」
シャーロットは少し苦笑する。
火だけ良くしても意味がない。
容器だけ増やしても意味がない。
全部が揃って、初めて安定する。
「でも、一気には無理だよね」
「はい」
クロエの答えは変わらない。
現実的な話だった。
シャーロットは少し考える。
何からやるべきか。
どこから手をつけるべきか。
その答えはすぐには出ない。
だが――
「場所、かも」
小さく呟く。
クロエが視線を向ける。
「場所?」
「うん。道具がある場所」
村の中では限界がある。
それはもう分かっている。
なら、外に行くしかない。
「近くに町とかあるのかな」
そう言いながら考える。
王都ほど大きくなくてもいい。
最低限の道具が揃う場所。
「あります」
クロエが答える。
「あるんだ」
「はい。村から半日程度の距離に小さな町があります」
シャーロットは少しだけ驚く。
「半日って、そんなに遠くないね」
「徒歩でも可能な範囲です」
「そっか」
それなら現実的だった。
一日あれば往復できる。
もしくは一泊すれば余裕がある。
「……行けるね」
自然とそう思う。
クロエは静かに頷く。
「可能です」
シャーロットは少しだけ考える。
すぐに行くか。
もう少し準備してからか。
「でも、その前に」
言葉を区切る。
「もう少し情報欲しいかも」
クロエが聞く。「情報?」
「どんな店があるかとか、どこで買えるかとか」
ただ行くだけでは効率が悪い。
必要なものがどこにあるか分からなければ、時間がかかる。
「村の人に聞くのが良いと思います」
「だよね」
シャーロットは軽く頷く。
普段使っている人がいるはずだ。
道具を買う人。
修理を頼む人。
その情報があれば、無駄が減る。
「明日、聞いてみようかな」
「適切です」
シャーロットは机に視線を戻す。
作業はまだ途中だ。
考えるのはそのあとでもいい。
「とりあえず、今日の分終わらせよ」
そう言って手を動かす。
今できることをやる。
それが先だ。
葉を潰し、水と混ぜる。
火にかける。
混ぜる。
容器に移す。
その繰り返し。
作業は単純だ。
だが、その単純さの中に少しずつ違いが出ている。
昨日よりスムーズ。
昨日より安定。
でも、まだ足りない。
その状態がはっきり見える。
それが、今の位置だった。
外では、ゆっくりと時間が流れている。
村の空気は変わらない。
静かで、穏やかで、大きな動きはない。
その中で、シャーロットの中だけが少しずつ変わっていく。
やることが増えた。
考えることが増えた。
そして――
次にやることが見えてきた。
「……町、か」
小さく呟く。
その言葉には、さっきまでとは違う意味があった。
ただの思いつきではない。
必要なこととして、そこにある。
クロエは何も言わない。
ただ、その選択を否定もしない。
それで十分だった。
シャーロットは最後の一つを作り終え、容器を机に並べる。
数はそこそこ揃っている。
明日の分としては問題ない。
「……よし」
小さく頷く。
今日の作業はこれで終わりだ。
だが、次の動きはもう決まっている。
明日、情報を集める。
その次に、町へ行く。
やることはシンプルだった。
白花の薬屋は、ただ回るだけの場所から、次の段階へ進もうとしていた。
それは小さな変化だ。
だが、確実に前に進むための一歩だった。




