■第3章 第3節:はじめての提供(下)
扉を開けると、外には二人の男が立っていた。服装からして村の人間だとすぐに分かる。片方は腕を押さえていて、もう一人はそれを支えるように隣に立っている。
「ここでいいのか?」と声をかけてきたのは、支えている方だった。少しだけ警戒しているような目をしている。
「はい、どうしました?」とシャーロットが返すと、腕を押さえている男が一歩前に出る。「怪我なんだが……薬があるって聞いてな」と短く言った。
シャーロットはその腕を見る。布が巻かれているが、血が滲んでいる。深い傷ではないが、そのままにしておくと悪化しそうな状態だった。
「ちょっと見てもいいですか」と言うと、男は無言で頷く。
布を少しだけ外す。切り傷だった。汚れは入っているが、まだ処置できる範囲だ。
(これなら大丈夫)
シャーロットは小さく息を吐く。
「洗ってから、これ使ってください」と言いながら、容器を一つ取り出す。「直接でもいいですけど、少しずつで大丈夫です」
男はそれを受け取るが、すぐには使わない。「……本当に効くのか?」と疑うように言った。
シャーロットは少しだけ考える。
「昨日使った人は、ちゃんと良くなってます」
それだけ伝える。
誇張はしない。事実だけ。
男はしばらく黙っていたが、やがて「……分かった」と小さく言った。
隣の男が代わりに頭を下げる。「助かる」と短く言う。
シャーロットは軽く頷く。
「無理そうならやめてくださいね」
それだけ付け加える。
二人はそれ以上何も言わず、その場を離れていった。
扉を閉める。
静けさが戻る。
シャーロットはその場に少しだけ立ったまま、息を吐いた。
「……増えてきたね」
ぽつりと呟く。
クロエは変わらず静かに立っている。
「広がっています」
短く答える。
「うん、だよね」
昨日まではなかった流れだ。今日はもう、二組目になる。
シャーロットは机の方へ戻る。
並んでいる容器を見る。
数はまだ少ない。
だが、このままいけば足りなくなるのは時間の問題だった。
「……ちょっと考えないと」
自然とそう呟く。
クロエが視線を向ける。
「何をですか」
「全部受けるのは無理かも」
素直に言う。
今はまだ余裕がある。だが、増え続ければ対応できなくなる。
「優先順位を決めますか」
クロエが言う。
「そうなるかな」
シャーロットは少し考える。
重い症状か、軽い症状か。急ぎか、そうでないか。どこまでやるのか。
考えることは多い。
「……でも」
少しだけ言葉を区切る。
「断るのも、ちょっと違う気がする」
本音だった。
目の前に来ているのに、何もせず返すのは少し違う。
「では、制限を設けますか」
クロエは淡々と提案する。
「制限?」
「対応できる範囲を決めるべきです」
シャーロットは少しだけ考える。
「一日何人まで、とか?」
「それも一つです」
合理的だった。
全部を受けない。
でも、何もやらないわけでもない。
「……それならできそう」
小さく頷く。
無理をしない範囲でやる。
それなら続けられる。
シャーロットは机の上の容器を見ながら、小さく息を吐く。
「あと、もう少し作れるようにしたいね」
「効率の問題ですか」
「うん」
今のやり方でも作れる。だが、量は限られている。
もう少し安定させたい。
「火とか、ちゃんと使った方がいいのかな」
ぽつりと呟く。
クロエがわずかに目を細める。
「本にあった方法ですか」
「うん」
「そちらの方が安定はします」
「だよね」
シャーロットは軽く頷く。
昨日見つけた本。
あの通りにやれば、もっと安定するはずだ。
ただ――
「ちょっと手間増えるけど」
「当然です」
クロエは即答する。
シャーロットは少しだけ笑う。
「まぁ、少しずつやるか」
一気に変える必要はない。
今できる範囲で、少しずつ整えていけばいい。
外は少しずつ夕方に近づいている。
村の音もまた落ち着いてきていた。
シャーロットは椅子に座り、軽く背もたれに寄りかかる。
「……なんか、ちゃんと始まってきたね」
ぽつりと呟く。
クロエは静かに答える。
「そのようです」
それだけだった。
でも、それで十分だった。
小さな村の、小さな家の中で。
派手なことは何も起きていない。
それでも確かに、ひとつの流れができ始めていた。
シャーロットは目を閉じて、少しだけ息を整える。
無理はしない。
全部はやらない。
でも、やれる分はやる。
そのくらいの距離で、ちょうどよかった。
明日も、同じように続くだろう。
静かに、少しずつ。
それでいいと、思っていた。




