■第3章 第3節:はじめての提供(上)
翌朝、空気は少しだけ変わっていた。
昨日と同じ静かな村のはずなのに、どこか意識が外に向いているような感覚がある。特別な出来事があったわけではない。それでも、小さな変化は確実に積み重なっている。
シャーロットは机の前に立ち、昨日作ったポーションを見ていた。
容器は簡素なものだ。透明でもなければ綺麗でもない。ただ、中に入っている液体は安定しているように見える。濁りすぎず、沈殿も少ない。
(……大丈夫そう)
小さく息を吐く。
昨日は試しに作っただけだったが、何度か繰り返したことで、ばらつきは減っていた。完全に同じとはいかないが、大きく外れることもない。
「これなら、渡しても問題ないかな」
ぽつりと呟く。
クロエが後ろから答える。
「最低限の基準は満たしています」
「最低限かぁ」
少しだけ苦笑する。
「まぁ、それで十分かな」
完璧である必要はない。少なくとも、何もない状態よりは良い。それだけで意味はある。
シャーロットは容器をいくつかまとめて持つ。
数は多くない。だが、最初としては十分だった。
「昨日の子、様子見に行こうかな」
そう言って外に出る。
朝の村は、やはり静かだ。だが昨日よりも少しだけ人の動きがある。畑に向かう人、井戸へ行く人、家の前を掃く人。それぞれがゆっくりと動いている。
シャーロットは昨日の女性の家へ向かう。
場所は覚えている。
扉の前で、軽くノックする。
少しして、中から足音が聞こえた。
扉が開く。
昨日の女性が顔を出した。
「あ……」
一瞬驚いたような顔をする。
「昨日の……」
「様子、どうかなって思って」
シャーロットは軽く言う。
女性の表情が少しだけ緩む。
「少し熱が下がりました。まだ完全ではないですけど……昨日よりは楽そうです」
「そっか」
小さく頷く。
(ちゃんと効いてる)
強すぎるわけではない。
でも、確実に意味はある。
「これ、よかったら」
シャーロットは持ってきた容器の一つを差し出す。
「昨日と同じ感じで飲ませてください。少しずつで大丈夫です」
女性はそれを受け取り、少し戸惑うように見る。
「いいんですか?」
「うん。まだ試しだけど」
正直に言う。
完成品ではない。
ただ、使えないものでもない。
女性はしばらく迷ったあと、深く頭を下げた。
「ありがとうございます」
その言葉には、昨日よりも重みがあった。
シャーロットはそれを軽く受け止める。
「様子また教えてもらえると助かるかも」
「はい、もちろん」
それだけ話して、その場を離れる。
村の道を歩きながら、少しだけ考える。
(こういう感じでいいのかな)
売るわけでもない。
依頼でもない。
ただ、渡しているだけ。
でも、それで問題はなさそうだった。
クロエが後ろから言う。
「対価は取らないのですか」
「うーん」
少し考える。
「最初はいいかなって」
「理由は」
「ちゃんと作れるか確認したいから」
それが一番だった。
安定していないものを売るのは違う。
まずは使ってもらって、どうなるかを見る。
「それに――」
少しだけ言葉を区切る。
「ここ、お金あんまりなさそうだし」
クロエは何も言わなかった。
ただ、理解はしているようだった。
シャーロットはそのまま歩く。
井戸の近くを通ると、昨日の老人がまた座っていた。
「おはようございます」
声をかける。
「おう」
短く返事が返る。
シャーロットは少しだけ立ち止まる。
「腕、大丈夫ですか?」
老人は少しだけ自分の腕を見る。
「まぁな。こんなもんだ」
布は巻いたままだが、特に処置はされていないようだった。
シャーロットは少し考えてから、容器を一つ取り出す。
「これ、使ってみます?」
老人はそれを見て、少し目を細める。
「薬か?」
「簡単なやつですけど」
老人はしばらくそれを見ていたが、やがて受け取った。
「……試してみるか」
それだけ言う。
シャーロットは軽く頷く。
「無理そうならやめてくださいね」
「分かっとる」
短いやり取りだった。
それでも、昨日とは少し違う。
“渡す”という行為が、少しずつ形になってきている。
シャーロットはその場を離れながら、小さく息を吐く。
(……なんか、仕事っぽい)
思わずそう思う。
冒険者のような派手さはない。
依頼もない。
報酬も決まっていない。
それでも、誰かに必要とされて、何かを渡す。
それは確かに、“仕事”に近い感覚だった。
シャーロットは空を見上げる。
今日も静かな一日になりそうだった。
その中で、少しずつだけ。
自分のやることが形になっていく。




