■第3章 第2節:素材採取の遠征(下)
机の上に素材を並べたまま、シャーロットはしばらく手を止めていた。
本の内容は頭に入っている。手順も理解できる。だが、そのままやる気にはならなかった。すべてをなぞるには少し窮屈で、かといって完全に無視するのも違う気がする。
(混ぜるって言ったしね)
小さく息を吐く。
本の流れを土台にする。ただし、細かい部分は自分の感覚に任せる。それが一番しっくりきた。
シャーロットは一枚の葉を手に取る。朝に採ってきたものの中でも、状態のいいものだ。色も濃く、触ったときの張りも悪くない。
軽く潰す。
香りが広がる。青さの中に、わずかに甘さが混じる。
「……これ、いいね」
小さく呟く。
本に書かれていた通り、本来ならもう少し処理をする必要がある。乾燥させるか、火を通すか、細かく刻むか。だが、シャーロットはその一部だけを取り入れる。
完全には従わない。
でも、無視もしない。
次に水を用意する。家の外の井戸から汲んできたものだ。少しだけ容器に入れる。
火はまだ使わない。
本には火を使う工程が書かれていたが、シャーロットは少しだけ迷って、それを後回しにした。
(先に混ぜてみる)
感覚的に、そちらの方が合っている気がした。
潰した葉を水に入れる。
軽くかき混ぜる。
色が少しずつ変わっていく。
本来ならここで時間を置くと書かれていたが、シャーロットはその時間を短くする。
「……これくらいでいいかな」
容器を傾けて、中身の状態を見る。
まだ粗い。
だが、完全に整える必要はない気がした。
次に、別の葉を少量だけ加える。これは本には載っていない組み合わせだった。
(たぶん、大丈夫)
理由はない。
ただ、感覚として“合う”と思っただけだ。
混ぜる。
さっきよりも色が深くなる。
香りも少し変わる。
「……あ、これいいかも」
少しだけ手応えがあった。
ここで、火を使うかどうかを考える。
本通りなら必要な工程だ。
でも――
「……少しだけでいいか」
完全に加熱はしない。
軽く温める程度。
シャーロットは小さな火を用意し、容器を少しだけ近づける。
ほんの短い時間だけ。
すぐに離す。
それで終わりだった。
「……うん」
小さく頷く。
完成、と呼べるかは分からない。
でも、今の自分の中ではこれが一番しっくりきた。
シャーロットは容器を持ち上げる。
液体はほんのりと色づいている。透明ではないが、濁りすぎてもいない。
「……飲めそう」
ぽつりと呟く。
クロエがそれを見ている。
「確認はしないのですか」
「するよ」
シャーロットは軽く答える。
迷いはなかった。
少しだけ口に含む。
味が広がる。
「……にがい」
思わず顔をしかめる。
だが、それだけでは終わらなかった。
(あれ)
体の中に、ほんの少しだけ変化が走る。
強いものではない。
でも、確かにある。
軽く疲れていた体が、ほんの少しだけ楽になる感覚。
「……効いてる?」
自分で作ったものに対して、少し驚く。
本に書いてあったものと、同じではない。
でも――
(これ、ちょっと強くない?)
感覚として、そう思った。
市販のものと比べても、少しだけ反応が早い気がする。
「どうですか」
クロエが聞く。
「うん……たぶん成功」
少し曖昧に答える。
「ただ、ちょっとだけ……違うかも」
「違う?」
「うん。なんか、思ったより効いてる感じ」
クロエは少しだけ目を細める。
「想定外ですか」
「たぶん」
シャーロットは容器の中をもう一度見る。
特別なことをしたつもりはない。
本を少し参考にして、あとはいつも通り感覚でやっただけだ。
それなのに――
「まぁ、いいか」
軽くそう言う。
悪い方向ではない。
むしろ、少し良いくらいだ。
「これなら、渡せそう」
ぽつりと呟く。
昨日の即席よりも安定している。
それに、形になっている。
シャーロットは容器を机の上に置く。
「もう少し作ってみる」
「量産ですか」
「うん。ちゃんと作れるか確認したい」
クロエは小さく頷く。
「観察します」
それだけだった。
シャーロットは再び素材に手を伸ばす。
同じ手順。
同じ感覚。
少しずつ調整しながら、繰り返す。
外は少しずつ暗くなっていく。
村の音も落ち着いていく。
その中で、ひとつの作業だけが静かに続いていた。
小さな家の中で。
誰にも気づかれないまま。
少しだけ普通じゃない薬が、作られ始めていた。




