■第3章 第2節:素材採取の遠征(上)
翌朝は、静かに始まった。
王都のような喧騒はない。人の声も少なく、朝の合図のようなものもない。ただ、外から聞こえるのは鳥の鳴き声と、遠くで何かを動かす音だけだった。
シャーロットはゆっくりと目を開ける。
まだ慣れていない天井が視界に入る。少し歪んだ木の板と、隙間から差し込む光。それだけで、ここが王都ではないと分かる。
「……朝か」
小さく呟いて体を起こす。
床は少し冷たいが、不快というほどではない。昨日は軽く掃除をしただけで終わったが、寝る場所としては問題なかった。
(とりあえず、寝れたね)
それだけで十分だった。
軽く体を伸ばしてから外に出る。空気は少しひんやりしているが、澄んでいる。村の中はまだ静かで、人の動きもゆっくりだ。
井戸の方を見ると、昨日の老人がすでに動いていた。桶を引き上げているところらしい。
「おはようございます」
声をかけると、老人はゆっくり振り返る。
「おう、早いな」
「ちょっとだけ」
「住む気になったのかい」
「はい、しばらく」
老人は小さく頷く。
「変わり者だな」
「そうですか?」
「ここに来るやつは、大体すぐ帰る」
それは少しだけ納得できた。
何もない場所だ。便利でもないし、仕事が多いわけでもない。わざわざ留まる理由は少ない。
「まぁ、好きにするといい」
それだけ言って、また井戸に向き直る。
シャーロットは軽く頭を下げて、その場を離れた。
(まずは材料だよね)
薬を作るには素材が必要だ。昨日は応急的にその場のものを使ったが、安定して作るにはきちんと集める必要がある。
村の周囲を見渡す。
畑と家ばかりで、薬草が豊富にあるようには見えない。少し外に出る必要がありそうだった。
「クロエ」
名前を呼ぶ。
少し離れた場所に立っていた少女が視線を向ける。
「行くのですか」
「うん、ちょっと素材探し」
「村の外ですね」
「たぶん」
クロエは少しだけ周囲を見てから答える。
「危険度は低いですが、ゼロではありません」
「それでも行くけどね」
シャーロットは軽く笑う。
クロエは小さく息を吐いた。
「想定通りです」
それ以上は何も言わない。
シャーロットは村の外へ向かって歩き出す。クロエは一歩遅れてついてくる。
昨日通った道とは逆方向へ進む。村から少し離れるだけで、人の気配はすぐに消えた。畑が途切れ、草の量が増え、木がまばらに立ち始める。
完全な森ではない。
だが、自然の中に入った感覚はある。
「……この辺かな」
足を止める。
地面を見る。草の種類が少し変わっている。昨日村で見たものとは違う。背の低いものや、葉の形が鋭いものが混ざっている。
しゃがみ込む。
一枚、葉を摘み取る。
(これ、使えそう)
理由は分からない。ただ、そう思う。
「これと……これも」
いくつか選んでポーチに入れる。
クロエがそれを見て言う。
「基準は何ですか」
「なんとなく」
「曖昧です」
「でも、だいたい合ってるよ」
シャーロットは軽く答える。
実際、今までそれで問題はなかった。理屈は分からないが、感覚は外れていない。
クロエは少しだけ目を細める。
「再現性が低い方法です」
「そうかも」
「おすすめはしません」
「でも止めない?」
「止めません」
シャーロットは少し笑う。
そのやり取りは、もう自然になっていた。
立ち上がり、少し歩く。
またしゃがむ。
同じように選ぶ。
その繰り返しだった。
「……思ったよりあるね」
「量はあります」
クロエが周囲を見ながら言う。
「ただし質は不安定です」
「うん、それは感じる」
良いものもあれば、そうでもないものもある。村の近くだからか、人の影響を受けているのかもしれない。
「もう少し奥、行ってみる?」
「構いません」
二人はさらに奥へ進む。
木の密度が少しだけ上がる。影が増え、空気が少しだけ変わる。
シャーロットは足を止める。
(あ、これいい)
目に入った葉を摘み取る。さっきまでのものより、少し状態がいい。色も濃く、張りがある。
「これ、たぶんいいやつ」
「違いは」
「なんとなく」
クロエは何も言わなかった。
シャーロットはそれをポーチに入れる。
「これなら、ちゃんと作れそう」
そう呟く。
その言葉には、少しだけ確信が混じっていた。
昨日は即席だった。
今日は少し違う。
ちゃんと作る。
そのための最初の一歩だった。




