■第12章 第1節:噂の広がり
朝。
白花の薬屋は、いつも通り静かに始まっていた。
「おはようございます」
リナが扉を開ける。外の空気が流れ込む。
「おはよー!」
ミアが元気よく返す。
シャーロットはすでにカウンターの奥に立っている。天秤の位置を整え、瓶を確認し、今日使う薬草を並べている。
クロエは棚を見ていた。
「在庫、問題ありません」
短く報告する。
「ありがとう」
シャーロットが頷く。
それだけの、いつもの朝。
だが――
「……人、多くない?」
ミアが外を見て言う。
道の向こうに、見慣れない人影がいくつかある。村人ではない。装備が違う。革鎧、剣、杖。
「冒険者だ」
クロエが言う。
「……なんで?」
ミアが首を傾げる。
答えは、すぐに来た。
扉が開く。
「ここか?」
低い声。
二人組の冒険者が入ってくる。土埃のついた装備。だが動きは無駄がない。
「白花の薬屋ってのは」
リナが一歩前に出る。
「はい、そうです」
落ち着いた対応。
冒険者の一人が店内を見回す。
「……思ったより普通だな」
正直な感想。
もう一人が肩をすくめる。
「話半分で来たしな」
シャーロットは何も言わない。
ただ、手元の準備を終える。
「ご注文は?」
短く聞く。
冒険者が言う。
「回復ポーションあるか」
「あります」
リナが答える。
「ライト、通常、ストロングの三種類です」
「ストロング?」
聞き返す。
ミアが嬉しそうに言う。
「ちょっと強いやつ!」
雑な説明。
クロエが補足する。
「回復量が高い代わりに、価格も上がります」
冒険者が顔を見合わせる。
「いくらだ」
「銅貨八枚です」
リナが答える。
「……高くねぇか」
予想通りの反応。
シャーロットは何も言わない。
冒険者が少し考える。
「効果は?」
クロエが言う。
「通常の約二倍です」
はっきりと。
「……二倍?」
もう一人が眉を上げる。
「本当なら安いな」
最初の男が言う。
「まあ、試すか」
ポーチから硬貨を出す。
「一本」
リナが受け取り、シャーロットに視線を送る。
シャーロットは瓶を一本取り出す。
揺れのない液体。
「どうぞ」
差し出す。
冒険者がそれを受け取る。
少しだけ観察する。
「……綺麗だな」
小さく呟く。
「まあいい、あとで使う」
ポーチに入れる。
「また来るかもしれねぇ」
そう言って店を出る。
扉が閉まる。
ミアが言う。
「来たね!」
少し興奮した声。
リナが静かに言う。
「様子見ですね」
クロエが頷く。
「情報の真偽確認段階です」
シャーロットは手を動かす。
特に変わらない。
だが――
それで終わりではなかった。
少し時間が経つ。
また扉が開く。
今度は三人組。
「ここで合ってるか?」
「多分な」
同じような会話。
リナが対応する。
「ご注文は?」
「噂のポーションってやつだ」
ストロングを指す。
また一本、売れる。
さらに時間が経つ。
また来る。
一人、二人、三人。
少しずつ増えていく。
ミアが小さく言う。
「増えてる……」
リナが頷く。
「噂、広がってますね」
クロエが言う。
「拡散速度、上昇中です」
淡々と。
シャーロットは変わらない。
天秤に薬草を乗せる。
左右を揃える。
いつも通り。
だが、店の外は変わり始めていた。
通りに、見慣れない装備の人間が増える。
村人だけではない。
外から来た人間。
目的は一つ。
「白花の薬屋」
その名前が、少しずつ外へ出ていく。
ミアが言う。
「なんか、すごくなってきたね」
少しだけ不安そうに。
リナが言う。
「まだ始まりです」
落ち着いた声。
クロエが続ける。
「需要の増加に対し、供給が追いつくかが課題です」
現実的な指摘。
シャーロットは小さく頷く。
「増やそう」
短い言葉。
それだけ。
だが、その一言で方向は決まる。
白花の薬屋は、村の中だけの場所ではなくなり始めていた。
静かに。
確実に。
外へと広がっていく。




