表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
104/132

■第10章 第5節:気づき

夜。

古びた宿の部屋は、やけに静かだった。


外からはかすかに人の声が聞こえる。笑い声も混じっている。だが、この部屋にはそれが届かない。空気が重いまま、動かない。


レオンはベッドに寝転がったまま、天井を見ていた。


「……クソだな」


小さく吐き捨てる。


返事はない。


ガルドは壁にもたれたまま、腕を組んでいる。目は閉じているが、眠っているわけではない。


セリスは窓のそばに立ったまま、外を見ていた。何を見るでもなく、ただ視線を向けている。


沈黙。


やがて、レオンが口を開く。


「……ここまでになるか?」


誰に向けた言葉でもない。


ガルドは答えない。


セリスも動かない。


レオンが続ける。


「依頼は減るし、店は断られるし、宿もこのレベルだし」


少し笑う。


「笑えねぇな」


その声は軽いが、感情は軽くない。


ガルドが低く言う。


「結果だ」


それだけ。


「結果ってなんだよ」


レオンが起き上がる。


「たかが数回ズレただけだろ」


「積み重なってる」


短い返答。


レオンは舌打ちする。


「だからってここまでやるか普通」


「ギルドはやる」


事実だけを返す。


セリスが小さく言う。


「……戻れるのかな」


その言葉で、空気が少しだけ変わる。


レオンが答える。


「戻るだろ」


即答。


「やり直せばいいだけだ」


迷いのない言い方。


だが、ガルドは何も言わない。


セリスも、すぐには頷かない。


「……同じやり方で?」


小さな問い。


レオンが少しだけ言葉を詰まらせる。


「……改善はする」


「どうやって」


その問いに、レオンは答えない。


答えられない。


ガルドが言う。


「詰める」


短く。


「無駄を減らす」


それも、今までと同じ言葉。


セリスは視線を落とす。


「……それ、前からやってる」


静かな指摘。


ガルドの表情がわずかに動く。


レオンが言う。


「じゃあ何が違うんだよ」


苛立ち混じりの声。


誰もすぐに答えない。


沈黙。


長く続く。


やがて、セリスがぽつりと呟く。


「……見えてた」


小さな声。


二人がわずかに顔を上げる。


「何が」


レオンが聞く。


セリスは少しだけ迷う。


だが、続ける。


「回復のタイミングとか……位置とか……」


言葉を探すように。


「誰がどこで動くかとか」


レオンが眉をひそめる。


「それ、今も見てるだろ」


「違う」


はっきりと言う。


「今は……遅い」


その一言で、空気が止まる。


ガルドは目を開ける。


セリスは続ける。


「分かるのが、遅い」


「だから間に合わない」


レオンが言う。


「じゃあ早く見ろよ」


「見てる」


セリスは答える。


「でも、間に合わない」


同じ言葉の繰り返し。


だが、意味は違う。


ガルドが低く言う。


「……前は間に合ってたってことか」


セリスは頷く。


小さく。


レオンが言う。


「じゃあなんでだよ」


その問いに、また沈黙が落ちる。


答えは、全員の頭に浮かんでいる。


だが――


誰も言わない。


レオンが先に視線を逸らす。


「……関係ねぇだろ」


小さく言う。


「誰か一人いなくなったくらいで、ここまで崩れるわけねぇ」


言い聞かせるような言い方。


ガルドは何も言わない。


セリスも、言葉を飲み込む。


(……関係ある)


そう思っている。


でも、口にはしない。


レオンが続ける。


「俺たちでやってきたんだ」


「今までも、これからも」


強めに言う。


だが、その言葉はどこか空回っている。


ガルドがゆっくりと息を吐く。


「……立て直す」


それだけ。


結論のようで、結論ではない。


セリスは窓の外を見る。


街の灯りが遠くに見える。


その中に、見慣れた場所もあるはずだった。


だが、もうそこにはいない。


レオンが小さく呟く。


「……あいつがいれば」


一瞬、空気が止まる。


だがすぐに、レオンは顔をしかめる。


「……いや、関係ねぇ」


吐き捨てる。


「たまたまだ」


同じ言葉。


何度も繰り返している言葉。


ガルドは目を閉じる。


セリスは何も言わない。


誰も、完全には認めていない。


だが――


薄く、確実に気づき始めている。


何が足りないのか。


何を失ったのか。


それでも、まだ言葉にはしない。


その距離が、ほんの少しだけ残っていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ