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誰がための

 規則正しく漏れる息が、不意に乱れる。


 目覚めたフィーナの視界にまず映ったものは、見覚えのある天蓋。

 次に、顔を覗き込むように見下すソフィアの顔だった。



「おはよう、フィーナ」


「陛下…………!」



 フィーナは自分が膝枕されていると気づき、慌てて飛び退こうとする――――しかし、逃すまいとしたソフィアに体を抑えられ、無理矢理その態勢を維持させられた。



「動かないで。そして、話をしましょう」


「話…………陛下、(わたくし )は…………」



 少しずつ、フィーナと頭が状況に追いつき始める。

 意識を失う直前どのような状況で、自分が何をしていたか。

 

 その行動に後悔はなかった。

 しかし、事実は残る――――自分は、敬愛する女王陛下に背いたのだと。



「罰ならば、如何様にでも受け入れます。あの言葉に偽りはございません…………」


「罰なんて、与えるつもりはないわ…………」


「成程…………では、(わたくし )自らの足でここを去ります…………陛下の御手は煩わせません」



 粛々と、ただ己の罪を罰するためにフィーナは語る。

 女王に逆らったのならば、確かに妥当な罰――――しかし、ソフィアは許さない。


 静かにフィーナの言葉を立てた指で抑え、ほんの一瞬思考を経てから口を開いた。


 

「私が、罰したい相手を介抱するような女に見えるかしら?」


「陛下は、お優しい方でございます…………」


「初めて言われたわ。私、冷酷な女よ」


「そのようなことは…………!」


「昔は、この一帯にあった森へ全ての生き物の侵入を拒み、気づけば禁域の魔女だなんて二つ名までついてたの――――王権を手にしてからは民を育て始めたけれど、それでも根が変わったわけではないわ」



 昔――――王国樹立よりも遡り、遥か千年前の太古。


 何があったのかはフィーナも御伽噺として知っているが、ソフィアの口から実際に語り聞いたことはない。



「ねえフィーナ、あなたの言う忠誠とは何? 私に従うこと? 私の益になること?」


 

 問われると、フィーナは少し黙り込む。

 口を開いては閉じての繰り返し。

 考えが纏まる気配は無い。


 しかしソフィアはそれを急かすようなことはせず。

 永遠すらも覚悟したような面持ちで次を待つ。



「思えば、忠誠などという高潔なものではないのやも知れません」


 

 ようやく放たれたその一言で、ソフィアでは無くフィーナが、どこか救われたような表情を見せる。

 表情が和らいで、安心とも、自虐とも取れるような微笑みを浮かべたのだ。



「この気持ちは、何なのでしょうか…………(わたくし )は、陛下のものです。研究所が取り壊され、行く宛を無くした所を陛下が拾ってくださったあの日から、私の体は陛下の御心を実現するためにあるのです」



 詰まっていた言葉が、線を抜かれたように溢れ出す。

 かつて、この世界に生まれた魔力を持つならば誰でも使える、生活魔法しか扱えなかった自分。

 他の魔法には適性の一つも見つからず、それを何とかしたいと入った研究所。


 全てが、もはや色褪せた記憶である。



「なのに…………(わたくし )は、陛下の御言葉に逆らった。陛下は常に、真実を語られます。陛下が良いと仰られれば良い。それだけのことなのです…………しかし、陛下が平気だと仰ったにも関わらず、(わたくし )はあの瞬間、あの男を罰せずにはいられなかった…………」


「…………何故?」


「陛下を、危険に晒そうという思想…………それが、何よりも許し難かったのです。あの程度、陛下には歯牙にもかけぬ問題だとは理解しています…………」



 フィーナの目尻から、一筋の雫が流れる。

 それが涙だと気づくのに、数秒を要した。

 

 ソフィアは瞬きをせず、小さく吸った息を吐かずに飲み込む。



「しかし、もしも…………万が一にも陛下の御身に何かがあれば、(わたくし )の心は張り裂けるのです」



 気づけば、涙は止まることを忘れていた。

 止めようといくら袖で拭おうと、新たに新たに流れ出す。



「陛下に一つ、偽りを申し上げました。これは(わたくし )個人の感情です。陛下への忠誠などという高潔なものではございませんでした…………今、(わたくし )はやっと、己の心に追いついたのです」



 もはや涙を拭う手はない。

 それが止まらないことを理解してしまったのだ。



「陛下…………(わたくし )は…………っ、己の分も知らずに…………遥か、雲の上の方をお慕いしているのです」


「あなた…………」



 ポツリと、フィーナの顔が濡れた。

 

 フィーナは、最初に頬を伝ったそれが涙だと気づいたよりも早く、それがどこから流れているのか理解する。



「陛下…………何故、陛下が涙を流されるのですか」

 

「私にも、分からないわよ」



 かつて、女王の涙を目にした者は居ただろうか。

 かつて、女王が分からないなどと弱音を吐く姿を目撃した者は居ただろうか。



「ああ、陛下…………悲しまれないでくださいませ。(わたくし )は、今死んでしまいそうなのです。まさに今、心がこの体を突き破って、どうにかなってしまいそうなのです…………!」


「悲しんでなんていないわ…………! だって、こんなに報われているのだもの…………! あなたが私を好いていてくれた。これ以上の幸せなんて、無いのだもの…………!」



 どうにかせねばと、ようやく起き上がったフィーナの体を、ソフィアが抱き締める。

 己を罰しようと、フィーナがどこかへ消えてしまわないようにか。

 あるいは、ただ愛おしくてか。


 ソフィア自身も分からないまま、思うがままに抱き締めた。



「あなたは自分を私のものだというけれど、私の心だって

、ずっとずっとあなたの物よ…………!」


「陛下…………どうして、(わたくし )などを、そのように…………」



 尋ねようと、答えは返ってこない。

 それでも良かった。

 喜びのまたに漏れた言葉に、返事など求めていないのだから。


 抱き締められたまま、フィーナもソフィアの体に腕を回した。



「フィーナ、私ね…………この世界で誰よりも、あなたを愛しているの」


「私もです…………この世界で誰よりも、陛下をお慕い申しております…………!」



 ふと、カーテンの隙間から月明かりが溢れた。

 しかし、ベッドの中には差し込まず――――僅かな明かりですら無粋な時間が、そこにはあった。


 


 ♡♡♡




 やわい頬を撫でる。

 幼さの残る顔立ちだ。


 普段、懇切丁寧に言葉を紡ぐその口が、今は吸って吐いてに専念している。

 どうやら、寝息に敬語はないようで。

 きっと、空気が誰にでも平等に与えられるものだからでしょう。


 私はあなたと同じ色を見れているかしら。

 私はあなたと同じ温度を感じられているかしら。


 そんな馬鹿げた不安は尽きない。

 けれど、今吸っている空気だけはあなたと同じものなはず。


 それだけを小さく確信して、私は目を瞑った。

 あなたと、同じ夢を見るために。

読んでくださりありがとうございます!

もし面白いと思ってくださった方は、レビューや感想、ブクマなどもらえると嬉しいです!


(更新状況とか)

@QkVI9tm2r3NG9we(作者Twitter)


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