忠誠の在処
バロック商会――――過去、ゴーレム研究で成功したバロック子爵が立ち上げたもので、今代会長で三代目。
商会のたどった道筋は、どこにでもある平凡なものである。
初代が築き上げ、二代目が浪費し、三代目が延命を試みる。
ただ一つ、他と違ったものがあるとすれば――――それは、三代目が、初代も何もを凌駕するほどに、ゴーレム狂いであったということだけ。
♡♡♡
「また来たのね。今期の研究費は渡した筈だけれども」
「陛下! 直々に来てくださるとはなんたる暁っ! 光っ! 本日は研究費の追加を頼みに来たのではございませんっ…………ついにっ! ついに完成したのですっ! 我らが最っ高傑作のゴーレムがっ!」
王城の庭園にて、ソフィアも、フィーナも、同席する騎士達も、皆が思う。
狂人だと。
目が駄目だ、口調が駄目だ。
とても、一国の王の前に出して良い人物では無い。
「さぁ! さぁ! お見せします! いよいよお見せします! 我らがゴーレム、試作品ではなく完成品をっ!」
言いながら、バロックは木箱を素手で打ち破る。
溢れ出たのは、腐葉土の香り――――そして、それに追従するように、巨体は現れる。
大地から芽が出るように、土とそれに張った根が急激に成長――――あっという間に、見上げる程の巨体となった。
「見よッ! この美しき体躯を! 稼働直後で高さ既に三メートルッ! その拳は剣をも容易く砕き、仮に敵に敗れようとも、土と魔力さえあれば無限に蘇るッ! これこの姿こそがッ! 我らが求める叡智が結晶であるッッッ!」
高いテンションで語る姿は、場所時代によっては名演説家として称賛された可能性もあろう。
しかし、今この状況に於いては道化である。
「問うけれど、お前ら騎士はこのゴーレムをどう見るのかしら?」
「…………私ならば、五体まで同時に相手可能かと」
「私も、六体ほど」
「私は四体です」
騎士が口々に告げる。
つまり、このゴーレムは力の程度が低いというわけだ。
「今度はお前に問うけれど、このゴーレムのコストはどうなっているのかしら。土と魔力さえ、と口にしていたわね?」
「そう! 土と魔力でございまするッ! 土は我が研究の果てにたどり着いた吸魔力の特別性。魔力は額と心の臓の位置に埋め込んだ、上級魔石の魔力流転によってッ!」
「そう、駄目ね」
感想を言うでもなく、ただそれだけをキッパリと伝える。
騎士達は、当然だと言う顔を。
バロックは、生まれて五十年初めて青空を見たかのように、目と口を同じだけ開いていた。
「なっ、なっ、なななっ…………何が、何が不服だと言うのだッ! 女王陛下、女王よッ! 我らが技術の集大成であるゴーレムの、一体どこに不満があると言うのだッ!」
「問題だらけよ。何故それが分からないの? さては、自分の脳までゴーレムの触媒にしてしまったのかしら?」
どこまでも、穴の底まで見下すような声と視線を浴びたバロックは、頭の先からつま先までを力ませ赤に腫れ上がらせて、その全てを痙攣させる。
怒り、今爆発せんとする怒りがそこにはあった。
「問題だと…………ッ! 問題など、ある筈が無いッ! 我がゴーレムにッ! それを貴様、ソフィアッッッ!!!」
「お前、私を呼び捨てにしたわね」
魔力を帯びた手のひらを、ソフィアはゆるりと翳した。
そこから現れるのは氷結か、煉獄が、あるいはそれ以外の地獄か――――それを知るのは、未だソフィアのみである。
「ならば良い! 我がゴーレムの最終躍動ッ! 戦場でサプライズ的にお披露目するつもりであったが、今ッ! ここでお見せしようぞッ! 魔石に過剰な魔力を込めることにより起こる、意図的な暴走行為、自爆ッ! 我がゴーレムを侮辱したこと、あの世で悔い詫びろッッッ!」
攻撃体制に入ったのは、バロックもまた同じことであった。
そして、駄目という声が聞こえた時点で既に最後のタガが弾け飛び、起爆の支度を始めていたバロックが、一手早い。
ゴーレムは瞬く間にその巨体を膨れ上がらせ、閃光を放つ。
夜ならば、一時は周囲に日が登ったと思わせる程の明かり――――こちらの方面で研究を進めていたならば、あるいはソフィアも認める可能性があったであろう。
「陛下、お下がりください!」
誰よりも早く動いていたフィーナが叫ぶ。
ソフィアが魔法を発動しようとするよりも早く、バロックが魔石を暴走させるよりも早く――――バロックを一目見て、この人間の正気は信用ならないと悟った瞬間か、フィーナの支度は始まっていた。
対魔力と対物理の結界をそれぞれ五重に展開し、その内側にゴーレムの爆発を封じ込め――――その爆炎と爆風が消えるよりも早く、悪を誅するべく動いた。
「小娘、何をするッ! 我がゴーレムを愚弄したあの女を殺すのだッ! それだけが我があの最高傑作を弔ってやる方法なのだッ!」
「貴様! 陛下をあの女とッ!」
蹴り飛ばし、地を這うバロック目掛け、暴風に包まれた手を振り下ろさんとする。
思考はただ一つ、主人を危険に晒した大悪を一秒でも長く生かしてはいけない。
それだけが、フィーナの怒りを無限に増幅させた。
「そこまでよ、フィーナ」
凛と、声が響く。
今のフィーナを止められるのは、この世広く無限に居る人を漁ろうと、これただ一つであろう。
ソフィアは振り上げられたフィーナの手を優しく抑える。
しかし、暴風が消える気配は無い。
バロックの首には、未だ鎌がかけられたも同然の状態だ。
「そこまでと言っているの。私に三度同じことを言わせないで――――あなたならば、私があの程度の攻撃で傷を負わないことなど理解しているでしょう?」
「理解、しております…………私は、理解しております…………! しかしこれでも許してはいけないのです! 陛下の命に指がかかるかでは無く、陛下の命に指をかけようとした! それが、既に大悪なのです!」
フィーナがこれほど声を荒げるところを、見たことがある者は居ない。
恐らく、彼女の親ですら――――。
「アレがまだ何かを隠し持っていないとも限らないわ。だから下がれと言っているのに、私の命令が聞けないの?」
「ただ頷くだけが忠誠ではございません…………! 罰ならば、後ほど如何様にでも! しかし今は、今だけは!」
フィーナが体により一層の力を込め、暴風を振り下ろさんとする。
それとほぼ同時であろうか――――実力者は、微風のように軽く現れた。
「どうやら、コレが原因みたいだな」
「お前、今日ばかりは良い所に現れたわね」
近衛騎士団団長、ハルクス・ガウェイン。
彼はあっという間に周囲の騎士を指揮し、バロックを連合――――それからフィーナの元に歩み寄ると、一度ソフィアの顔色を伺う。
「そう警戒せずとも――――指先一つ、触れやしねえよ」
静電気のように、ごく僅かな魔力を指先から放った。
それが首筋に直撃すると、途端にフィーナは意識を失い、手の暴風も治った。
脱力した体を支えるソフィアは、目を瞑って小さく息を漏らす。
「魔力が荒れているおかげで、楽に沈静化出来た。この程度は陛下でも出来たんじゃねえか?」
「…………フィーナに向けられる程、私は微弱な魔力を扱えばしない」
「出来るだろうによ…………まぁ仕方ねえか」
言いながら、ハルクスはため息を溢す。
後頭部を乱雑にかきむしりながら、小さく自戒するように。
「俺だって、惚れた女相手じゃあやりたくねえ」
こればかりは、ソフィアも言葉を返さず――――ただ、労わるようにフィーナの体を支えた。
「良くやったわね。このまま私の部屋へと運ぶわ」
「じゃあ俺は、アレのために詰所へ行くぜ」
ゆらりと頭を下げると、ハルクスはその場を去っていった。
フィーナを持ち上げたソフィアら、なるべくその体を揺らさないよう、慎重に足を運ぶ。
「目覚めたらお話をしましょう、フィーナ」
そう呟くと、額に顔を近づけ――――諦めるように小さく息を吐いた。
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