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家族が消えた日、俺は警察に“選ばれた”  作者:
国会議員殺害事件
9/44

正しさの裏側



「理由なんて、簡単ですよ」


仁平は、静かに言った。


白い容器を指で転がしながら。


「家族が、いたんです」


一拍。


「妻と、娘」


その声は、変わらない。


穏やかなまま。


「“優先順位”で、切り捨てられました」


空気が、わずかに重くなる。


「どういう意味だ」


「そのままですよ」


仁平は、淡々と続ける。


「限られた資源の中で、“誰を先に助けるか”が決められる」


「現場では、日常です」


一つずつ、なぞるように。


「そして僕の家族は——」


ほんの少しだけ、言葉を選ぶ。


「“後回しにされても仕方ない側”に分類された」


(……)


「高齢でもない。重症でもない。影響力もない」


「つまり、“優先度が低い”」


言い切る。


迷いはない。


「結果として、対応が遅れました」


短い言葉。


それだけで、十分だった。


そのとき、ふと脳裏に映像がよぎる。


病院の廊下。


赤いランプが点滅している。


「次の方!」


声が響く。


ストレッチャーが一台通る。


その後ろに、もう一台。


だが——止まる。


看護師が、一瞬だけ視線を落とす。


「……先に、こちらを」


別のストレッチャーが押されていく。


残された方は、動かない。


誰も触れない。


誰も見ない。


ただ——そこに“置かれる”。


音だけが、遠くなっていく。


そして、どちらのストレッチャーにも、名前はなかった


「…でも、それは“正しい判断”とされた」


目を細める。


「全体を見れば、もっと救うべき命があるから」


「効率の問題だから」


「仕方がないから」


一つずつ、繰り返す。


「——全部、正しい」


沈黙。


「だから、誰も悪くない」


 


「……納得したのか」


 


仁平は、わずかに笑った。


 


「まさか」


 


その一言だけで、すべてが返る。


 


「だから、再現したんですよ」


 


「再現?」


 


「ええ」


 


一歩、近づく。


 


「“優先順位で見捨てられる側の死”を」


 


その言葉が、静かに刺さる。


 


「橘さんは、守られる側の人間です」


 


「影響力もある。価値もある」


 


「そして、“100円政策”を作った人間だ」


 


少しだけ、視線を落とす。


 


「でも」


 


白い容器に触れる。


 


「日常の中に落とせば、関係ない」


 


「誰にも優先されない」


 


「ただの、“気づかれない死”になる」


 


(……同じ構造)


 


「誰も止めない」


 


「誰も責任を取らない」


 


「あとから、“仕方がなかった”で終わる」


 


一拍。


 


「それが、どれだけ簡単か」


 


静かに言い切る。


 


「知ってほしかった」


 


(違うな)


 


(“見せたかった”だ)


 


「……見せつけたかったのか」


 


仁平は、少しだけ考えて——


 


「どちらでもいいですよ」


 


と答えた。


 


「どうせ、また同じことが起きる」


 


断言。


 


「優先順位はなくならない」


 


「選ばれる側と、捨てられる側も」


 


目は、まっすぐだった。


 


「だからこれは——」


 


ほんのわずかに、声が柔らかくなる。


 


「特別な事件じゃない」


 


「ただの、“よくあること”です」


 


 


沈黙。


 


 


言い返せない。


 


 


「……でも」


 


仁平が、続ける。


 


ほんのわずかに——揺れる。


 


初めてだった。


 


「実際には」


 


ゆっくりと、言葉を選ぶ。


 


「助かってる人の方が、多いんでしょうね」


「それで、いいのかよ…!」


絞り出すような声。


言ってから、少し黙る.


(俺は、何に引っかかっているんだ?)


 


「“100円政策”」


 


自分で、その名前を出す。


 


「生活に余裕ができた」


 


「救える命も増えた」


 


「現場も楽になった」


 


「統計も、正しい」


 


淡々としている。


 


だが、その奥に——


 


「だから」


 


ほんの一瞬、止まる。


 


「妻や娘が助からなかったのは」


 


言葉が、揺れる。


 


「……全体として見れば、“仕方がなかった”のかもしれない」


 


小さい。


 


これまでで一番、小さい声。


 


(……今)


 


初めて、自分を否定した。


 


「それでも」


 


顔を上げる。


 


目が、少しだけ違う。


 


「納得できるかは、別の話でしょう?」


 


その一言で、すべてが伝わる。


 


(正しさと、感情は別物だ)


 


 


沈黙。


 


 


何も言えない。


 


 


「俺は」


 


仁平が、言う。


 


「間違ってるのかもしれない」


 


はっきりと。


 


「でも、あのまま何もなかったことにする方が」


 


言葉が、少しだけ乱れる。


 


「……正しいとも、思えなかった」


 


 


静寂。


 


 


足音が近づく。


 


終わりが、来る。


 


 


「……仁平」


 


呼ぶ。


 


「はい」


 


「もし、同じ状況がもう一度あったら」


 


一拍。


 


「同じことをするか?」


 


 


沈黙。


 


 


これまでで、一番長い。


 


 


そして——


 


「……わかりません」


 


 


初めての答えだった。


 


 


断言でも、正当化でもない。


 


 


「正しいことが、わからないので」


 


静かに言う。


 


「きっとまた、間違えると思います」


 


 


その言葉には、救いがなかった。


 


 


「でも」


 


最後に、仁平は言った。


 


「助かった人たちのことは」


 


一瞬、目を閉じる。


 


「否定したくないんです」


 


 


開いた目は、遠くを見ていた。


 


 


「それも、事実なので」


 


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