管理されていた“優しさ”
失礼します」
ノックと同時に、女が入ってきた。
無駄のない動き。整いすぎている。
「西園寺真里です。橘の秘書をしていました」
「ああ」
短く返す。
(隙がない。管理する側の人間だ)
「何か、わかったことはありますか」
「まだだな」
「そうですか」
感情の揺れが薄い。
「橘は几帳面か?」
「ええ。非常に」
即答。
「物の配置も?」
「すべて決めていました」
(なら——あの机はおかしい)
「じゃあ、なんであの日は崩れてた」
一瞬、間。
「……探していたからです」
「何を?」
「……小さなものです」
曖昧だが、不自然ではない。
「具体的には」
「白い、携帯用のものです」
(白。携帯用。頻繁に使う)
「どんなときに使う」
「人と会うとき、ですね」
(人前で、自然に)
「癖は?」
「……あります」
わずかに目を細める。
「照れると、口元に手を当てる癖が」
(口元——)
思考が一瞬止まる。
だが、まだ繋がらない。
「そのとき、それを使う?」
「ええ。むしろ、それを使うために持っているくらいです」
(使うために持つ)
(触れる)
(繰り返す)
線が伸びる。
「それは誰が管理してた」
「基本的には私です」
「“基本的には”?」
ほんのわずかに視線が揺れる。
「……例外もあります」
「誰だ」
「部下です。気が利く人間が多かったので」
(用意される。渡される。疑われない)
「同じもの、複数あるか?」
一瞬、間。
「……ええ。予備としていくつか」
(すり替えられる)
「その日、見つからなかった」
「はい」
「代わりは?」
「……誰かが渡したはずです」
(“誰か”)
曖昧だが、現実的だ。
「その誰かは?」
「……把握していません」
(管理しているのに、把握していない)
その歪み。
「……そうか」
それ以上は追わない。
西園寺は小さく息を吐く。
「橘は、人を信じすぎるところがありました」
ぽつりと零す。
「差し出されたものを、疑わない」
視線が机に落ちる。
「優しい方でしたから」
(優しさ=無防備)
(トリガー)
ほぼ繋がる。
「……もういい」
立ち上がる。
「ありがとうございます」
深く頭を下げる。
最後まで整っている。
ドアへ向かう。
(毒は隠されていない)
(最初から“使われる場所”にある)
(しかも——優しさの形で)
ドアを開ける。
廊下に出る。
「お疲れ様です」
声。
視線を上げる。
穏やかな男が立っていた。
自然な笑顔。
違和感は——ない。
(……いや)
一瞬だけ引っかかる。
(“なさすぎる”)
だが、思考は流れる。
「……ああ」
すれ違う。
振り返らない。
——まだ名前は知らない。
だが確実に。
“それ”は、すぐそばにあった。




