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家族が消えた日、俺は警察に“選ばれた”  作者:
国会議員殺害事件
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黒川蒼介という男

「初めまして。黒川蒼介です」


軽い。


あまりにも軽い。


人が死んだ場所に来る声じゃない。


だが——不思議と、不快ではなかった。


(空気を支配してる)


黒川は自然な足取りで室内に入る。

視線も動きも無駄がない。


それでいて——どこか“遊んでいる”。


「で?」


橘の遺体を一瞥し、こちらを見る。


「僕が疑われてる感じ?」


笑っている。

だが、その目は笑っていない。


「当然だろ」


間を置かず返す。


「最後に会ってるのはお前だ」


「うん、そうだね」


あっさり認める。


否定しない。


(逃げないタイプか)


黒川は橘のそばまで歩く。


ほんの一瞬、目を細めた。


「……綺麗だね」


それは、死体に向ける言葉じゃない。


「苦しんでない」


ぽつりと続ける。


「普通じゃないよね」


(気づいてる)


「何を話してた」


黒川は振り返る。


一瞬だけ、間。


そして——笑う。


「政策の話」


「具体的には?」


「“100円政策”」


やはりそこか。


黒川は軽く肩をすくめる。


「彼女、あれ好きだったからね」


「好き?」


「うん。自分の“正しさ”の証明みたいなものだから」


軽い言い方。


だが——妙に刺さる。


「で、その途中で倒れた?」


「そう。普通に話してたよ」


一拍。


「……いつも通り」


「いつも通り?」


「ああ」


ほんの少しだけ、声に色が混じる。


「照れながらね」


(照れ?)


「……どういう意味だ」


黒川は、ふっと笑う。


「僕と話すとき、よくやるんだよ」


軽く、自分の口元に手を当てる。


「こうやって」


一瞬。


思考が止まる。


(口元に、手を)


(触れる)


何かが引っかかる。


だが——まだ繋がらない。


「癖か?」


「うん」


少しだけ、間を置く。


「可愛いでしょ?」


さらっと言う。


その軽さが、逆に残る。


(……好き、か)


橘の感情。


それを知っている距離。


「で?」


黒川がこちらを見る。


「それが何か関係ある?」


試すような目。


「あるかもしれないな」


そう返すと、黒川は楽しそうに笑った。


「いいね」


一歩、距離を詰める。


「君、面白いよ」


近い。


だが、不快じゃない。


(引き込まれる)


危険なタイプだ。


「原田航、だっけ?」


「ああ」


「覚えとくよ」


一拍。


「気に入った人の名前は覚える主義なんだ」


(……メロ男かよ)


だが——嫌いじゃない。


「お前はどうなんだ」


「何が?」


「やったのか」


空気が一瞬だけ張り詰める。


だが——


黒川はすぐに笑った。


「まさか」


軽く首を振る。


「やるなら、もっと上手くやるよ」


(否定になってない)


やっていない、とは言っていない。


ただ——“自分なら違う”と言っているだけ。


(できる側の人間)


黒川は立ち上がる。


「それに」


振り返る。


「彼女を殺しても、僕にメリットないし」


合理的。


感情ではなく、損得。


「……そうかよ」


黒川はドアの前で止まる。


そして、振り返る。


「ねえ」


少しだけ声を落とす。


「もし僕が犯人じゃなかったらさ」


一拍。


「仲良くしない?」


笑っている。


完全に。


「……考えとく」


そう返すと、黒川は満足そうに頷いた。


「いいね、それ」


ドアを開ける。


光が差し込む。


「じゃ、また」


軽く手を振り、去っていく。


 


静寂。


 


残された空気が、まだ揺れている。


(……なんだ、あいつ)


危険。


だが——


(面白い)


視線を落とす。


橘の遺体。


そして——


無意識に、自分の手が口元に触れていた。


止まる。


(……癖)


口元。手。触れる。


——まだ、繋がらない。


だが確実に、近づいている。


「……次だな」


事件は終わらない。


むしろ——ここからだ。


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