新人の仕事
朝。
⸻
目が覚める。
⸻
天井。
見慣れた部屋。
⸻
数秒。
何も考えない。
⸻
そして。
⸻
「あー……」
⸻
昨日のことを思い出す。
⸻
朔。
柳。
陸からの連絡。
⸻
全部。
⸻
「めんどくせぇ」
⸻
布団の中で呟く。
⸻
もちろん何も解決していない。
⸻
でも。
⸻
世界は待ってくれない。
⸻
仕事はある。
任務もある。
⸻
航は重たい体を起こした。
⸻
◇
⸻
数時間後。
⸻
サクラ本部。
⸻
エレベーターの扉が開く。
⸻
いつも通り。
忙しそうな人、暇そうな人。
多種多様な人たちが行き交っていた。
⸻
航は欠伸を噛み殺しながら歩く。
⸻
すると。
⸻
「お」
⸻
聞き覚えのある声。
⸻
航が顔を上げる。
⸻
そこにいたのは。
⸻
「今日はいるんだな」
⸻
成瀬まりだった。
⸻
一瞬。
まりが固まる。
⸻
そして。
⸻
「おはようございますはないのかよ」
⸻
呆れた顔。
⸻
航は少し視線を逸らした。
⸻
「……おはようございます」
⸻
「よろしい」
⸻
まりが笑う。
⸻
「おはよう」
⸻
そのやり取りが妙に自然で。
⸻
航は少しだけ眉をひそめた。
⸻
「今日は任務ないのか?」
⸻
「いや」
⸻
まりは端末を軽く持ち上げる。
⸻
「今日は本部で指示出し」
⸻
「へぇ」
⸻
航は適当に返す。
⸻
そして数秒後。
⸻
止まった。
⸻
「……は?」
⸻
「ん?」
⸻
「指示出し?」
⸻
「うん」
⸻
「そんな重要そうなこと、するんすか?」
⸻
まりが怪訝そうな顔をする。
⸻
「晴とか颯真から聞いてねぇのか?」
⸻
「何を」
⸻
「うちが頭脳部門のトップだって話」
⸻
沈黙。
⸻
数秒。
⸻
さらに数秒。
⸻
「……は?」
⸻
「だから」
⸻
まりが言う。
⸻
「頭脳部門トップ」
⸻
「いやいやいや」
⸻
航は思わず後退る。
⸻
「え?」
⸻
「え?」
⸻
「え?」
⸻
「なんで三回言った?」
⸻
「だってお前」
⸻
航が指をさす。
⸻
「初任務で会った時そんな感じ一切なかったぞ」
⸻
「失礼だな」
⸻
「普通に現場の人だと思ってた」
⸻
「失礼だな」
⸻
「二回言った」
⸻
まりは呆れたように息を吐く。
⸻
「晴は発明部門」
⸻
「おう」
⸻
「颯真は戦闘部門」
⸻
「おう」
⸻
「で、うちが頭脳部門」
⸻
「……あー」
⸻
航が頭を掻く。
⸻
「そういや、あいつらが言ってた気がする」
⸻
「今思い出したのかよ」
⸻
「しょうがねぇだろ」
⸻
「しょうがなくない」
⸻
即答だった。
⸻
航は肩をすくめる。
⸻
まりは小さく笑った。
⸻
「ほら」
⸻
端末を持ち直す。
⸻
「うちも暇じゃないんだ」
⸻
「はいはい」
⸻
「どいたどいた」
⸻
「はいはい」
⸻
まりが通り過ぎる。
⸻
数歩。
⸻
歩いたところで。
⸻
「あ」
⸻
まりが立ち止まった。
⸻
振り返る。
⸻
「原田」
⸻
「ん?」
⸻
「今日、暇か?」
⸻
航が眉をひそめる。
⸻
「は?」
⸻
まりは少しだけ笑った。
⸻
「先輩として仕事を教えてやろう」
⸻
それだけ言う。
⸻
そして。
⸻
「まあ」
⸻
「?」
⸻
「頑張れ、新人」
⸻
「うわ腹立つ」
⸻
「ははっ」
⸻
まりはそのまま歩く。
⸻
航は追いかける。
⸻
「おい!なんなんだよ!」
⸻
「さーなー」
⸻
◇
⸻
十数分後。
⸻
「よし」
⸻
成瀬まりが満足そうに頷く。
⸻
航の目の前には。
大量の段ボール。
⸻
机。
椅子。
本棚。
ロッカー。
⸻
「……」
⸻
「……」
⸻
「俺、何かしました?」
⸻
「してない」
⸻
即答だった。
⸻
「じゃあなんで俺なんですか」
⸻
「新人だから」
⸻
「最悪だ」
⸻
成瀬は満足そうに頷く。
⸻
「じゃ、頼んだ」
⸻
「待て」
⸻
「頑張れ」
⸻
「待てって」
⸻
「じゃあな」
⸻
「おい」
⸻
そのまま去っていった。
⸻
「……帰りてぇ」
⸻
もちろん帰れない。
⸻
航は諦めて段ボールを持ち上げた。
⸻
重い。
⸻
思ったより重い。
⸻
「なんで本棚まであるんだよ……」
⸻
ぶつぶつ言いながら歩く。
⸻
その時。
⸻
「あ」
⸻
バランスが崩れた。
⸻
ガタンッ。
⸻
段ボールが傾く。
⸻
中身が飛び出しかける。
⸻
その瞬間。
⸻
横から手が伸びた。
⸻
「大丈夫?」
⸻
荷物が支えられる。
⸻
航が顔を上げた。
⸻
知らない男だった。
⸻
「……は?」
⸻
男は柔らかく笑う。
⸻
「原田航だよね」
⸻
航の動きが止まる。
⸻
「おま――」
⸻
数秒。
⸻
「お前、なんで俺の名前知ってんだよ!?」
⸻
男はきょとんとした。
⸻
「有名だから?」
⸻
「疑問形で返すな」
⸻
「え?」
⸻
「え?じゃねぇんだよ」
⸻
航は本気で困惑していた。
⸻
「全然嬉しくねぇ……」
⸻
男が少し笑う。
⸻
「初めまして」
⸻
そう言いかけた時――
⸻
「おい!原田!」
⸻
聞き覚えのある声。
⸻
航が振り向く。
⸻
「成瀬……」
⸻
さっきどっか行ったはずの成瀬まりだった。
⸻
「お前、本部で指示出しじゃなかったのかよ……」
⸻
「それがな」
⸻
まりが肩をすくめる。
⸻
「警察の方に事件取られた」
⸻
「は?」
⸻
「あっちのが早くてなー。今須藤が交渉中」
⸻
「じゃあ手伝えよ!!」
⸻
「断る」
⸻
即答だった。
⸻
航は本気で腹が立った。
⸻
「お前絶対暇だろ」
⸻
「うるさい」
⸻
まりは隣の男を親指で指す。
⸻
「どうせなら黒川にやってもらえ」
⸻
「ちょうど暇そうだし」
⸻
「お前も暇だろ」
⸻
「うるさい」
⸻
二回目だった。
⸻
「……黒川?」
⸻
航の頭に浮かんだのは。
国会議員の黒川。
⸻
(いや、黒川なんてたくさんいるか……)
⸻
男が少し首を傾げる。
⸻
そして。
⸻
「ああ」
⸻
柔らかく笑った。
⸻
「僕が黒川」
⸻
手を差し出す。
⸻
「黒川悠人」
⸻
「よろしくね、航くん」
⸻
航は差し出された手を見る。
⸻
それから。
⸻
黒川を見る。
⸻
知らない顔。
⸻
でも妙に距離が近い。
⸻
初対面とは思えないくらい自然に話してくる。
⸻
(なんなんだ?こいつ)
⸻
数秒迷い。
⸻
「あ、おう……」
⸻
とりあえず握手した。
⸻
その瞬間。
⸻
黒川が一瞬だけ目を細める。
⸻
「ふーん……」
⸻
「?」
⸻
航が眉をひそめる。
⸻
黒川はすぐに笑った。
⸻
「いや」
⸻
「なんでもない」
⸻
そう言って手を離す。
⸻
「これからよろしくね」
⸻
「航くん」
⸻
「だからなんなんだよお前……」
⸻
黒川は楽しそうに笑った。




