陸
柳の背中が、角を曲がって見えなくなる。
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静かだった。
さっきまであれだけ騒がしかったのに。
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航はしばらくその場に立っていた。
手には空になった缶コーヒー。
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夜風が少し冷たい。
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「……帰るか」
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そう呟いた声は、思ったより小さかった。
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歩き出す。
見慣れた道。
見慣れた街灯。
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でも今日は少しだけ違って見えた。
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(悩め、か)
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柳の言葉を思い出す。
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正直。
意味なんて分からない。
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悩んだからって答えが出る保証なんてない。
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それでも。
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「……まあ」
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少しだけ笑う。
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「あいつが言うならな」
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不思議と悪い気はしなかった。
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家に着く。
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鍵を開ける。
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静かだった。
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「……陸?」
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返事はない。
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靴もない。
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航は眉をひそめながらスマートフォンを見る。
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通知が一件。
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送り主は陸。
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『悪いな、航。
少し大きな事件が起きた。
しばらくは帰れそうにない。
お前たちが帰れる場所、しっかり守っていてくれな。』
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数秒。
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航は画面を見つめたまま動かなかった。
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「……は?」
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思わず漏れる。
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なんだそれ。
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勝手すぎる。
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いつもそうだ。
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勝手にいなくなって。
勝手に帰ってきて。
勝手に面倒を見て。
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なのに。
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(なんで)
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胸の奥が少しだけ痛む。
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(なんで俺)
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そこで気づく。
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怒っているんじゃない。
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寂しいんだ。
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「……」
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航はソファへ倒れ込む。
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天井が見えた。
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(ああ)
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ゆっくり目を閉じる。
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(俺、陸のこと)
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少し考える。
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そして苦笑した。
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(一緒にいるのが当たり前だと思ってたのか)
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家族みたいに。
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いや。
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もう家族だと思っていたのかもしれない。
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「……はは」
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乾いた笑いが漏れる。
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「滑稽だな」
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返事はない。
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当たり前だ。
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部屋には自分しかいない。
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その日は夕飯も食べなかった。
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風呂に入って。
ベッドへ倒れ込む。
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暗闇。
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静寂。
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目を閉じる。
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(サクラに入ってから)
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いろんなことが起きた。
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知りたいこと。
知りたくないこと。
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全部。
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勝手に目の前へ運ばれてくる。
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自分で選んだわけじゃない。
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選ぶ暇もない。
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ただ。
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供給される。
答えのないものばかりが。
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まるで――
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(……なんだろうな)
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言葉は出てこなかった。
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「寝るか」
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小さく呟く。
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そのまま意識が沈んでいった。




