にんむ
夜。
ネオンが滲む繁華街。
雨上がりのアスファルトが、街の光を反射していた。
航はビルの屋上から下を見下ろす。
「……で?」
「今回の任務は?」
隣で晴がタブレットを操作する。
「“回収”だねー」
「ざっくりしすぎだろ」
「詳しく言うと、サクラの情報を持った端末が盗まれた!」
「急に重くなったな!?」
⸻
颯真が壁にもたれたまま口を開く。
「相手は素人じゃない」
「追跡も切ってる」
「ただ――」
颯真の視線が路地裏へ向く。
「今夜、取引する情報が入った」
⸻
航は下を見る。
黒いパーカーの男が二人。
ケースを持っている。
「あれ?」
「たぶんな」
「たぶんで来てんの!?」
⸻
晴がニコニコしている。
「大丈夫大丈夫!」
「何が!?」
「外しても別件だから!」
「最悪なんだけど!?」
⸻
ピコン。
航の制服のポケットが震えた。
「……ん?」
取り出す。
小型イヤホン。
「なんで今出てくんの!?」
「お、タイミングいいね!」
晴が笑う。
「便利でしょ?」
「怖ぇんだよそのポケット!」
⸻
イヤホンを付ける。
直後。
『聞こえるかー?』
颯真の声。
「うおっ!?」
『声でかいな、お前』
「急に脳に来るからだろ!」
『配置につけー』
「無視!?」
⸻
数分後。
航は非常階段を降りていた。
風が冷たい。
下では取引が始まりかけている。
『航』
イヤホン越しに颯真。
『右の男。ケースを持ってる方を止めろ』
「簡単に言うなよ……」
『左は晴がやる』
⸻
その瞬間。
路地の奥から、
「やっほーーー!!!」
晴が飛び出した。
「サクラでーす!」
「バカなのかアイツ!?」
⸻
男たちが一斉に振り向く。
「チッ!」
ケースを持った男が走り出した。
「うお、そっち来る!?」
『行けー!』
「命令が雑!!」
⸻
航も走る。
狭い路地。
ゴミ箱を飛び越える。
荒い足音。
雨で濡れた地面。
男が角を曲がる瞬間、
街灯の光がその背中を照らした。
⸻
「――っ」
足が止まりかける。
似ていた。
走り方。
肩の高さ。
少し猫背な立ち姿。
一瞬だけ、昔がよぎる。
⸻
胸の奥がざわつく。
もういないはずなのに。
いるわけないのに。
⸻
『航』
イヤホン越し。
颯真の低い声。
『止まるな』
「……っ!」
航はハッとする。
男はもう逃げかけていた。
「待て!!」
航は再び走り出した。
⸻
男が振り返る。
「ッ!」
何か投げた。
閃光。
「くっ!?」
視界が白く弾ける。
⸻
「……っ!」
足音だけを頼りに追う。
(右――!)
角を曲がる。
男がいた。
ちらっと、顔が見える
それには、紫色の仮面がのっていた。
(逃げられる!)
航は反射的に腕を掴む。
「離せ!」
「離すかよ!」
もみ合いになる。
ケースが落ちる。
⸻
その時。
ガサッ。
ポケットの中で何かが手に触れた。
「今度はなんだよ……!」
引っ張り出す。
――ワイヤーガン。
「なんで入ってんだよ!!!」
⸻
だが、
男はすでにケースを拾って逃げようとしていた。
「くそっ……!」
半分ヤケで引き金を引く。
バシュッ!!
ワイヤーが飛ぶ。
ケースの取っ手に絡まった。
「え」
男も止まる。
航も止まる。
数秒の沈黙。
⸻
「……使えた」
『使えたなー、よかったよかった』
颯真の声。
「入れたのお前らか!?」
『知らん』
「絶対知ってるだろ!!」
⸻
男が再び逃げようとする。
その瞬間。
上から影。
ドゴッ!!
「がはっ!?」
晴の飛び蹴り。
「はい確保〜!」
「お前どっから来た!?」
「上!」
「雑!!」
⸻
数分後。
任務完了。
ビル屋上。
航はフェンスにもたれていた。
「……疲れた」
「おつかれー!」
晴がジュースを投げる。
航は受け取る。
「……お前は、毎回こんなんなのか?」
「今回は楽な方!」
「嘘だろ……」
⸻
颯真が回収した端末を確認している。
「損傷なし」
「上出来だな」
「……そりゃどうも」
⸻
晴がニヤニヤしながら航を見る。
「でもさー」
「なんだよ」
「殴ったり、蹴ったりしなかったね」
「…まあ、今日はな。」
「そんな気分じゃなかったんだよ。」
「ええー、どんな?おれ、気になるな〜」
「…さーな」
⸻
今日は、久しぶりに笑えた。
親父が捕まる前みたいに。
今までは、そんなんできなかったのに。
……あの頃みたいに、楽しかった。
⸻
「……っは」
気づけば、少し笑っていた。
「ん?どーしたん?」
晴が不思議そうに覗き込む。
「いや、なんでもねぇーよ」
航はジュースを口に運ぶ。
――お前らのおかげだなんて、
死んでも言ってやんねーけど。
なあ。
晴。
颯真。




