成瀬夢乃 2
航は歩く。
迷いはない。
なのに、足取りだけが妙に静かだった。
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(浜辺)
(“知ってる夢乃がいた場所”)
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頭の中で、その言葉だけが反復される。
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でも不思議だった。
“場所”は分かるのに、
“そこで何があったか”だけが、抜け落ちている。
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まるでその部分だけ、最初から映像がないみたいに。
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到着した海の浜辺は、前と同じだった。
『なあ、光兄さん!うちのオススメスポット教えたげる!』
『いいのか?』
『うん!』
『ここだよ!どうどう?』
『いいじゃんか!ありがとな!夢乃!』
『今度、また一緒に来てくれる?』
『ああ!』
夢乃が、隣にいないこと以外は。
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何が違うのかは分からない。
でも「ここだ」と感じる確信だけがある。
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航は立ち止まる。
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「……来たぞ」
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声は誰にも届かない。
それでも、言う必要がある気がした。
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静寂。
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風が止まる。
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そして——
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コトン。
後ろ側に、資料が落ちている。
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今度は一冊のファイル。
丁寧にまとめられている。
さっきの“回収された断片”とは違う。
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(……今度は何だ)
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航はゆっくりしゃがむ。
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表紙。
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そこに書かれていた名前で、呼吸が止まる。
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『成瀬優芽/成瀬夢乃 統合記録』
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(統合……?)
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指が止まる。
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開く。
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ページは整然としていた。
まるで“最初からこうだった”と言いたいみたいに。
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■出生記録
成瀬家にて双子として出生
・成瀬優芽(安定個体)
・成瀬夢乃(非安定個体)
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■差異要素
虹彩色:優芽(黒系)/夢乃
当該差異は家族適合規格外として記録
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航の目が止まる。
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(オレンジ……)
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そこまでは、さっきの資料と同じ。
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だが次の行で、空気が変わる。
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■処理履歴
・非安定個体(夢乃)は外部排除処理へ移行
・しかし処理直前に消失
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■補足
対象は第三者(識別番号:三内春道)により回収
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航の指が強く止まる。
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(…親父?)
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また出てきた。
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ページをめくる。
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そこから先は、“記録”じゃなかった。
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■観測ログ
「対象は外部環境で再定義された可能性あり」
「名前の再割当が確認される」
・成瀬夢乃 → 三内夢乃
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航の喉が乾く。
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(名前の再割当……?)
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ページが進む。
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そこに“決定的な一行”があった。
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■結論
成瀬夢乃は成瀬家に存在していた
ただし現在は「別構造体」として運用されている
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(運用……?)
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その単語が一番気持ち悪い。
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人じゃない扱いだ。
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航はページを閉じかけて、止める。
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そのときだった。
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後ろで、空気がわずかに揺れた。
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振り返る。
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誰もいない。
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でも違う。
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“誰かがいた直後の空白”だけが残っている。
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(……来てる)
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航は資料を見下ろす。
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さっきまで確かにあったはずの一行が、少しずつ薄れていく。
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文字が消えている。
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(回収……)
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理解するより先に、現象として入ってくる。
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“見せるための記録”
“読まれたら消える構造”
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航はファイルを閉じる。
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その瞬間。
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何もなくなった。
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紙も。
情報も。
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ただの、浜辺。
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静か。
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静かすぎる。
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航は立ち上がる。
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(成瀬夢乃は)
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(三内夢乃と同一で、)
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(俺の、妹。)
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ポケットの中で端末が震える。
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開く。
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メッセージは一行だけ。
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『どこまで見た?』
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航は画面を見つめる。
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ゆっくりと息を吐く。
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そして、打つ。
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『全部だ』
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送信。
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既読。
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すぐに返事。
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『じゃあ、分かるはずだよね』
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一拍。
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『君が“妹だと思っていたもの”は』
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『今も同じ場所にいるとは限らない』
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航は画面を握りつぶしそうになる。
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でも動かない。
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その代わり、ゆっくりと前を見る。
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海の向こうに
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そこに、誰かが立っている気配がした。
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見えない。
でも“いる”。
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航は小さく呟く。
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「……どっちだよ」
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返事はない。
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(俺の、妹は、)
「なあ、夢乃」
なあ、夢乃」
返事はない。
海の音だけが返ってくる。
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「……俺らさ」
言葉が途中で止まる。
何を言うつもりだったのか、自分でも少し分からない。
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「……家族、じゃなかったのか?」
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その瞬間だけ、胸が軽くなる。
軽くなるのに、気持ち悪い。
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「……いや」
小さく首を振る。
「違うか」
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(じゃあ、何だ)
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答えは出ない。
ただ、海の向こうに“誰か”が立っている気配だけが残る。
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「……帰るか」




