成瀬夢乃
航の視線は、画面に固定されたままだった。
『三内夢乃を知ってる?』
短い一文。
それだけ。
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(……なんだこれ)
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指が止まる。
返信しようとして、動かない。
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知らないはずの名前。
——じゃない。
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(……知ってる)
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否定が出ない。
最初から。
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ただ、
繋がらなかっただけだ。
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「三内夢乃」
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小さく口に出す。
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胸の奥が、わずかに軋む。
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(……いた)
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記憶の中に、ちゃんといる。
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消えてない。
忘れてもいない。
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ただ——
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“そこに置いてなかった”
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端末を握る手に、少しだけ力が入る。
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『三内夢乃を知ってる?』
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画面の文字が、妙に軽く見える。
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(知ってるに決まってんだろ)
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打ち込む。
迷いはない。
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『知ってる』
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送信。
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既読がつく。
早い。
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すぐに返ってくる。
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『じゃあ——』
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一拍。
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『成瀬夢乃は?』
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その名前。
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「……は?」
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声が漏れる。
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違和感が、一気に跳ねる。
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(なんだ、それ)
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夢乃は夢乃だ。
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“成瀬”なんて、ついてない。
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なのに——
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頭の奥で、別の像が重なる。
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昨日、見た顔。
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「成瀬優芽」
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そして——
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“似ていた顔”
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「……っ」
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歯を噛む。
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(ふざけんな)
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一歩、前に出る。
誰もいない場所なのに、距離を詰めるみたいに。
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(勝手に繋げんなよ)
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三内夢乃は、
“あいつ”は、
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「……俺の妹だ」
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低く、吐き出す。
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それは確認でも、疑問でもない。
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断定。
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端末が震える。
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『そうだね』
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その返事。
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軽すぎる。
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「……は?」
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苛立ちが混じる。
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すぐに次が来る。
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『でも、“それだけ”じゃない』
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空気が、静かに冷える。
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『君が知ってる夢乃と』
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『成瀬夢乃は、同じで——』
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一拍。
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『同じじゃない』
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「……意味わかんねぇよ」
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即座に打ち込む。
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『説明しろ』
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既読。
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少しだけ間。
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『じゃあ、会おうか』
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その一文で、思考が止まる。
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『君の“知ってる夢乃”がいた場所で』
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心臓が、一拍遅れる。
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頭の奥に、映像が浮かぶ。
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路地裏。
濡れた地面。
小さな手。
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——「さむい」
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「……っ」
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息が詰まる。
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(……あそこかよ)
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端末の画面。
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最後の一文。
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『待ってる』
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航はしばらく動かなかった。
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やがて、
ゆっくりと顔を上げる。
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目の奥に、迷いはない。
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「……上等だ」




