成瀬まりという女 5
視線が、残る。
背中に刺さるみたいに。
航は気にしない。
気にしないようにして、そのまま歩く。
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廊下を抜ける。
角を曲がったところで、声。
「……航」
振り向く。
さっき現場にいた隊員の一人。
名前は、たしか高瀬。
「さっきの……やばいって」
小声。
でも、視線は周囲を気にしてる。
「須藤だぞ」
「知ってる」
短く返す。
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高瀬は一瞬だけ言葉に詰まる。
「……いや、そうじゃなくて」
「お前、“成瀬”って言ったよな」
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航の足が止まる。
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「……で?」
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「その名前、出すな」
即答。
迷いがない。
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「なんでだ」
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高瀬は一瞬だけ黙る。
言うか迷ってる顔。
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「記録に、残ってない」
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「は?」
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「俺も前に調べたことある。気になって」
声がさらに小さくなる。
「でもな、検索しても出てこねぇんだよ。“最初から存在しない”みたいに」
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航の中で、昨日の画面が重なる。
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「……それで?」
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「それだけじゃない」
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高瀬の目が、ほんの少しだけ揺れる。
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「その名前、口にしたやつ——」
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一拍。
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「全員、配置変えられてる」
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沈黙。
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「……偶然だろ」
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そう言いながら、自分でも薄いと思う。
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高瀬は首を振る。
「俺もそう思ってた」
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間。
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「でも、三人目で気づいた」
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嫌な感覚が、静かに広がる。
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航は何も言わず、そのまま歩き出す。
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「おい、航!」
後ろから声。
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「……関わるなって」
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止まらない。
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外。
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空気が少しだけ冷たい。
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ポケットに手を入れる。
無意識に、何かを探すみたいに。
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(……三内)
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頭の中に浮かぶ名前。
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三内夢乃。
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その響きが、妙にしっくりくる。
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(……なんでだ)
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知らないはずの名前。
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なのに、
思い出そうとすると——
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「……兄さん」
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一瞬だけ。
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声が、よぎる。
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航の足が止まる。
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「……は?」
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振り返る。
誰もいない。
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ただの空気。
ただの音。
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(……今の)
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心臓が、少しだけ速くなる。
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(……気のせい、か)
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そう思った瞬間。
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ポケットの中で、端末が震える。
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取り出す。
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画面。
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見覚えのない番号。
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一行だけ。
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『三内夢乃を知ってる?』
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時間が、また止まる。




