成瀬まりという女 4
男の体は、完全に力を失っていた。
呼吸だけが、浅く続いている。
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「……搬送呼ぶぞ」
須藤が立ち上がる。
何事もなかったみたいな声。
「ただの暴走で処理する」
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「……それでいいのか」
航の声が、少しだけ低くなる。
須藤は振り返らない。
「よくねぇよ」
即答だった。
でも、その言い方は軽い。
「でもな、今ここで騒いでも意味ねぇ」
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少しの沈黙。
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「……“サクラ”って言ってた」
航が言う。
須藤の足が、ほんの一瞬だけ止まる。
それだけ。
すぐにまた歩き出す。
「聞き間違いだろ」
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間。
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「……嘘つけ」
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須藤が、小さく笑った。
「バレるか」
軽い。
でも、その軽さが逆に不自然だった。
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「全部知ってるんだろ」
航は視線を外さない。
逃がさないみたいに。
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須藤は、少しだけ天井を見上げた。
考えてるようで、もう決めてる動き。
「……“全部”は知らねぇよ」
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一歩、近づく。
「ただな」
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須藤の視線が、航に落ちる。
初めて、少しだけ真面目な顔。
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「それに触れたやつは、大体ロクな目にあってねぇ」
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空気が、変わる。
軽い現場のはずだったのに、一気に温度が下がる。
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「だから、やめとけ」
短く、それだけ。
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「……やめるわけねぇだろ」
間髪入れずに返す。
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須藤は、少しだけ目を細めた。
怒ってるわけじゃない。
でも、どこか“分かってた”みたいな顔。
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「だと思ったよ」
小さくため息。
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「じゃあ一個だけ教えとく」
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間。
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「“サクラのデータ”はな」
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ほんの一瞬、言葉を選ぶ。
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「残ってること自体が、おかしい」
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その一言だけ。
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「……は?」
思わず声が漏れる。
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須藤はもうそれ以上は話さない。
男の方へ視線を戻す。
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「回収来る前に外出とけ。面倒になる」
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足音だけが遠ざかる。
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航は、その場に少しだけ残った。
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(残ってることが、おかしい?)
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頭の中で、昨日の画面が浮かぶ。
「S-Archive」
「成瀬優芽」
顔写真。
光の妹。
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(……じゃあ、あれはなんだ)
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ポケットの中で、無意識に手が握られる。
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(消されてないんじゃない)
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ゆっくりと、息を吐く。
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(“消せなかった”のか?)
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その考えが浮かんだ瞬間、
理由もなく、背筋が冷えた。




