成瀬まりという女 その3
航の指は、画面の上で止まったままだった。
閉じるはずだったウィンドウが、そのまま視界の中心に居座っている。
(……そっくり、だと?)
もう一度、顔写真を見る。
否定する材料を探すみたいに、細部に視線を走らせる。
目元。輪郭。髪の流れ。
どれも、記憶の中のそれと重なる。
(……違う)
そう思った瞬間、逆に確信が揺らぐ。
違うと言い切れる根拠が、どこにもない。
小さく舌打ちして、画面を閉じた。
これ以上見ていたくなかった。
⸻
「おい、航」
背後から声が飛ぶ。
反射的に肩が揺れた。
振り返ると、須藤がこちらを見ている。
「ぼーっとしてんな。呼ばれてんぞ」
「……ああ」
端末を閉じる。
無理やり思考を切り替えるみたいに立ち上がった。
⸻
簡易ブリーフィングルーム。
数人がすでに集まっている。
空気は緩い。
緊急、というほどではない。
須藤が軽く資料を投げた。
「近場で小さいトラブル。一般人巻き込む前に処理する」
「小さいって、どのレベル?」
誰かが聞く。
「コンビニで暴れてるだけだ。薬物っぽいが、確定はしてねぇ」
「……それだけで俺ら?」
「“それだけ”じゃねぇかもしれないからだ」
須藤の声が、少しだけ低くなる。
「最近、この手のが増えてる」
⸻
現場はすぐだった。
路地裏に面した小さなコンビニ。
ガラスが一部ひび割れている。
中から、物が落ちる音。
「まだ中だな」
須藤が短く言う。
「航、行けるか」
「……ああ」
⸻
ドアを開けた瞬間、甘い匂いが鼻についた。
シロップみたいな、妙にべたつく匂い。
(……なんだこれ)
店内は荒れていた。
商品が床に散らばり、棚が倒れている。
そして——
一人の男。
息が荒く、焦点が合っていない。
「……っ、来るな!」
叫びながら、近くの物を掴んで投げる。
動きは荒いが、どこか不自然だった。
力の入り方が、バラバラだ。
(素人じゃない……?)
一歩踏み込む。
男の視線が、航に固定される。
その瞬間。
わずかに、表情が変わった。
「……サ……」
かすれた声。
「……クラ……」
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一瞬だけ、時間が止まる。
⸻
「は?」
思わず、声が漏れた。
次の瞬間、男が突っ込んでくる。
⸻
(今、“サクラ”って言ったか?)




