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家族が消えた日、俺は警察に“選ばれた”  作者:
国会議員殺害事件
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優しさで人は死ぬ

部屋は暗い。


カーテンは閉じられ、外界は切り離されている。

光も、音も、入り込む余地はない。


——いや。


秒針だけが、生きていた。


規則正しく。正確に。

静寂を削るように、空気を刻んでいる。


 


その中心で、スマホの光だけが浮かんでいた。


 


画面に並ぶ文字。


——橘かのん、死亡。

——死因、青酸カリ。


 


指が止まる。


スクロールはしない。

できなかった。


 


「……青酸カリ」


 


口に出した瞬間、わずかな違和感が残る。


浅い。

だが、確実に引っかかる。


 


もう一度、記事をなぞる。


——毒物反応、検出されず。

——体内から明確な痕跡は確認されず。


 


視線が止まる。


その一文だけが、異物のように浮いていた。


 


別媒体を開く。


——青酸系化合物、検出なし。


 


呼吸が、わずかに乱れる。


 


「……あり得ない」


 


青酸は、残る。


完全に消えることはない。

少なくとも——俺の知識では。


 


なら、なぜ出ない。


 


思考が、わずかに遅れる。


現実と知識の間に、薄いズレ。


 


そのズレが、嫌いだった。


 


「……嘘だな」


 


小さく呟く。


 


——俺は、“結果より過程”を信じる。


 


人は嘘をつく。

記録も歪む。

だが、現象だけは嘘をつかない。


 


なら。


 


次の記事。


——遺体は椅子に座った状態で発見。

——争った形跡なし。

——表情は安らかだった。


 


沈黙。


 


(安らか?)


 


あり得ない。


青酸中毒は、もっと乱れる。


呼吸。

筋肉。

神経。


苦悶は、残る。


——それが“現象”だ。


 


だが。


 


座ったまま。

崩れず。

苦しまず。


 


(……違う)


 


即断しかけて、止まる。


 


(待て)


 


一度、切り離す。


仮説を立てる前に、可能性を並べる。


 


飲用。

吸入。

接触。


 


——飲用は違う。


検出されないはずがない。


 


——吸入。


これも薄い。

密閉空間ならあり得るが、痕跡がゼロは不自然。


 


残るのは——


 


「接触」


 


だが、それも違和感が残る。


皮膚吸収だけで、ここまで綺麗に死ぬか?


 


首を振る。


 


違う。


 


これは“経路”の問題じゃない。


 


一拍。


心臓が、わずかに跳ねる。


 


(そもそも——)


 


前提が、間違っている。


 


「……摂取していない」


 


言葉が、落ちる。


 


飲んでいない。

吸っていない。

触れてすらいない。


 


なら。


 


思考が、一気に収束する。


 


(最初から、“内側にある”)


 


静寂。


 


指先の温度が、ゆっくりと落ちていく。


 


視線が、机へ落ちる。


マグカップ。

ペン。

スマホ。


 


日常。


疑わないもの。


 


「……仕込まれてる」


 


呼吸が浅くなる。


 


体内。

あるいは——


日常動作に紐づいた“発動条件”。


 


(時間差か——トリガーか)


 


完全な仮説。


だが、筋は通る。


 


スマホを伏せる。


 


そのとき、記事の端に小さな見出しが目に入った。


 


——“清廉な若手議員”、突然の死。


 


橘かのん。三十二歳。

スキャンダルなし。

潔癖すぎるほど、綺麗な経歴。


 


そして——


 


「“100円政策”の発案者、か」


 


小さく呟く。


 


十万円につき百円を積み立て、

必要なときに引き出せる制度。


 


生活を支える、小さな仕組み。


 


だが。


 


(……綺麗すぎる。だからこそ

    怖い)


 


人を救う仕組み。

正しすぎる人間。


 


だから——


 


「選ばれる」


 


呟きは、音にならなかった。


 


立ち上がる。


 


(現場を見る)


 


それでいい。


それ以外はいらない。


 


発信。


 


コールは一度で繋がった。


 


「なんだ」



「国会議員殺害事件」


 


間を置かない。


 


「中に入る。手配しろ」


 


沈黙。


 


数秒。

 


「わかった」



即答。


 


「名前は?」


 


「どうでもいい」


 


「よくない。管理する側が困る」


 


小さく息を吐く。


 


「……原田航でいい」


 


「雑だな」

 


小さな笑い声。


 


「まあ通しとく。面倒起こすなよ」


 


「善処する」


 


「無理だな」


 


即答。


 


通話が切れる。


 


静寂が戻る。


 


だが——


 


もう、さっきまでの静けさではない。


 


視線を落とす。


 


画面に残る、橘かのんの写真。


 


笑っている。


 


作られた笑顔じゃない。


——そう思わせる顔。


 


「……なあ」


 


喉の奥で止まる


 


「どこで、間違えたんだろうな」


 


言ってから、すぐに後悔する



(違う)


こんなことを考えても、意味はない




 


それでも。


 


——視線だけが、返ってきた気がした。


 


お前は?


 


思考が、一瞬止まる。


 


口元が、わずかに歪む。


 


「……知らないな」


 


嘘だった。


 


電源を落とす。


 


光が消える。


 


完全な暗闇。


 


ドアに手をかける。


 


冷たい金属。


 


現実は、いつも単純だ。


 


(試されている)


 


開ける。


 


外の空気が流れ込む。


 


(選ぶ側か)


 


一歩、踏み出す。


 


(選ばされる側か)


 


ドアが閉まる。


 


小さな音。


 


だが——


 


確実に。


 


何かが、動き出していた。


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