休暇 2
朝。
やけに静かだった。
というより——静かすぎる。
「……広すぎんだろここ」
航はリビングを見回す。
昨日までは“拠点”って感じだったのに、今は完全に“家”だった。
キッチンの方から音。
陸。
コーヒーを入れている。
「起きたか」
「起きるしかねぇだろこの静けさ」
「環境は問題ないはずだ」
「問題しかねぇよ」
陸はカップを一つ差し出す。
無言。
航は受け取る。
「……でさ」
少し間。
「ここってさ」
「なんだ」
航はコーヒーを見ながら言う。
「嫁とか子供とか……いないの?」
一瞬、空気が止まる。
陸は即答。
「いない」
「即答かよ」
「必要ない」
「またそれ」
航はソファに沈む。
少し笑う。
「いやさ、こういう家って普通いるだろ」
「一般論だな」
「一般論だよ」
陸は窓の方を見る。
「家族は業務に不要だ」
「業務って言い方やめろ」
「事実だ」
航はカップを飲む。
(苦い。けど、昨日より落ち着く味だ)
「じゃあさ」
「なんだ」
少しだけ意地悪く聞く。
「モテんの?」
また、止まる。
今度はほんの一瞬だけ。
陸は振り向く。
「……何を言っている」
「いや事実確認」
「必要ない情報だ」
「逃げたな」
「逃げていない」
「じゃあ答えろよ」
沈黙。
コーヒーの湯気だけが上がる。
そして——
「……っ、モテる」
「今の“間”なんだよ」
「事実だ」
「絶対自分で言ってないだろそれ」
陸はカップを置く。
「どうでもいい」
「いや一番動揺してたろ今」
「していない」
「してたって」
少しだけ、空気が軽くなる。
航は笑う。
「お前さ、戦闘より今のが弱いのな」
「比較する対象が間違っている」
「はいはい」
⸻
少し沈黙。
でもさっきまでの“張り詰めた静けさ”じゃない。
ただの朝の間。
航は窓を見る。
外はやたら静かで、遠くに鳥の声。
(ほんとにここ、同じ世界かよ)
「なぁ」
「なんだ」
陸が振り向く。
航は少しだけ言いづらそうにしてから言う。
「俺さ」
「なんだ」
「昨日のやつ」
「サクラの話か」
「それ」
一拍。
航はコーヒーを飲む。
「……思ったより、普通に始まるんだな」
陸は少しだけ黙る。
そして短く言う。
「始まりはいつもそうだ」
「どういう経験則だよそれ」
「経験だ」
「重いな」
少しだけ笑う。
陸はそれ以上何も言わない。
ただ、カップを持ち直す。
その動作だけが、やけに“日常”だった。




