休暇 1
電話のコール音は一回で止まった。
『何だ』
陸の声はいつも通り、無駄がない。
航は少しだけ息を吐く。
「終わった」
『内容』
「問題なし。全部通った」
『そうか』
それだけ。
いつも通りの短さなのに、今日は少しだけ意味が違って聞こえた。
航は窓の外を見る。
夜の街。いつも通りのはずなのに、少し遠い。
「あとさ」
『なんだ』
少し間を置く。
「サクラに入ることになった」
一瞬だけ、空気が変わる。
『そうか』
それだけ。
驚きも、確認もない。
まるで最初から決まっていたみたいに。
航は眉を上げる。
「いや、それだけ?」
『十分だ』
「軽っ」
『事実だ』
通話はまだ切れない。
昔なら、この沈黙は気まずかった。
でも今は違う。
⸻
(回想)
最初に陸と会った日。
『お前は選ばれている』
「意味わかんねぇって」
『理解は後でいい』
「いや今説明しろよ」
『不要だ』
(会話成立してねぇだろこれ)
あの頃は全部こんな感じだった。
でも三年後。
『サクラに入ることになった』
「……了解」
それだけで通じるようになっていた。
⸻
現在。
航は小さく息を吐く。
「でさ」
『なんだ』
「休暇もらった」
『何日だ』
「一週間」
『そうか』
またそれだけ。
でも、この短さが逆に落ち着く。
「迎えに来て」
『場所は』
「例の店の近く」
『五分』
「早すぎだろ」
『近い』
「いやそういう問題じゃねぇ」
通話の向こうで、何かが動く音。
もう出ている。
航は苦笑する。
「ほんと、相変わらずだな」
『無駄がないだけだ』
「はいはい」
少しの沈黙。
でも昔みたいな“距離の沈黙”じゃない。
ただの間。
⸻
航はスマホをポケットに入れる。
外に出る。
夜の空気が少し冷たい。
(サクラに入ることになった、か)
言葉にすると軽いのに、どこか現実感が薄い。
しばらくすると、黒い車が静かに止まる。
音がほとんどしない。
窓が開く。
「乗れ」
陸。
いつも通りの顔。
航は軽く笑う。
「迎えに来るって言ってもさ、もうちょい普通待たね?」
「無駄だ」
「即答やめろって」
ドアを開けて乗る。
車内は静か。
エンジンがかかると、街の音が少しずつ遠ざかる。
「で」
航は横を見る。
「サクラってさ、入ることになったけど」
陸は前を見たまま。
「そうか」
「それだけ?」
「十分だ」
「いやほんと会話雑だな」
少しだけ沈黙。
でも、空気は軽い。
昔とは違う。
⸻
(回想)
初日。
車の中。
『乗れ』
「説明しろ」
『必要ない』
「いやあるだろ普通」
『ない』
「おい」
その頃は全部ぶつかっていた。
でも今は——
『乗れ』
「はいはい」
それだけで動く。
⸻
現在。
車が止まる。
広い敷地。
静かな家。
灯りは少ないのに落ち着く場所。
「ここだ」
「またデカいんだよなここ」
「必要だ」
「それ万能すぎるって」
陸はドアを開ける。
「入れ」
航は少し伸びをする。
「なぁ」
「なんだ」
「サクラに入ることになったけどさ」
「そうだな」
「……ほんとに始まった感じするわ」
陸は少しだけ間を置く。
「まだ始まっていない」
「は?」
「入口だ」
航は苦笑する。
「相変わらず分かりにくいな」
「それでいい」
二人は歩き出す。
夜は静かで、空気は冷たいのに。
妙に落ち着いていた
推理から、ほのぼのへ!
少ししたらまた推理に入る予定です!
遅くなってすみません!




