白いお面
戻る理由は、十分だった。
一人、外に出せた。
なら——残りもだ。
それだけだ。
夜。
同じ道。
横断歩道。
赤。
渡る。
音が削れる。
もう迷わない。
路地。
匂い。
物干し。
チョークの線。
さらに増えている。
上から、なぞられている。
「……直してるつもりか」
踏まない。
声は来ない。
そのまま進む。
校舎。
扉。
押す。
音は鳴らない。
廊下。
静かだ。
前と違う。
——軽すぎる。
教室。
覗く。
二人。
凛と湊。
蒼はいない。
「おかえり」
揃う。
だが——
少しだけ、軽い。
「……一人足りねぇな」
反応はない。
「ここにいるよ」
揃う。
同じ返し。
変わらない。
俺は入らない。
それ以上は、意味がない。
視線を外す。
奥。
開いたドア。
いる。
昨日より、近い。
見ている、じゃない。
——出てくる気だ。
「出てこい」
短く言う。
数秒。
音は鳴らない。
だが——
空気が動く。
扉が、内側から開く。
音は、ない。
空気だけが、押し出される。
出てきたのは、一人。
白いお面。
無地。
傷だけが、薄く走っている。
目が合う。
奥が、見えない。
「……趣味悪ぃな」
言う。
間を置かない。
「そう?」
返ってくる。
静か。
抑えてるんじゃない。
——最初から、乗っていない。
「ガキ、集めてんのか」
一拍。
「来たんだよ」
短い。
「自分で」
迷いがない。
「誘拐だろ」
「違う」
即答。
揺れない。
その瞬間——
踏み込む。
距離を潰す。
拳。
重い。
だが——
逸らされる。
最小限で。
「……遅い」
低い。
反撃。
速い。
荒い。
直線的。
だが、重い。
頬をかすめる。
舌打ちする。
もう一度。
今度は掴む。
届く。
腕を取る。
引き寄せる。
距離がゼロになる。
お面に、指がかかる。
「……っ」
初めて、反応。
遅い。
剥がす。
半分。
見える。
——目。
一瞬。
視線がぶつかる。
その瞬間。
思考が止まる。
「……は?」
知っている。
はずなのに。
出てこない。
記憶が、引っかからない。
——その隙。
振りほどかれる。
距離が開く。
お面が戻る。
「……今の」
見えた。
確実に。
なのに——
思い出せない。
「誰だ、お前」
白いお面が、わずかに傾く。
「……まだ気づいてねぇのかよ」
一歩、後ろへ。
「——兄さんは、もっと先にいるってのに」
その一言だけ、やけに鮮明に残る。
「おい、待て」
踏み出す。
だが——
消える。
音も、気配も。
完全に。
残ったのは。
静かな空気と。
「……くそ」
歯を噛む。
——あの目を、知っている気がした。
だが、繋がらない。
戻らない。
教室。
凛と湊。
変わらない顔。
変わらない声。
「おかえり」
揃う。
さっきと同じ。
だが——
もう、分かっている。
「……次だな」
小さく吐く。
背を向ける。
歩く。
止める声はない。
ただ——
「いってらっしゃい」
揃う。
振り返らない。
廊下。
外。
音が戻る。
完全に。
ポケットから手帳を出す。
開く。
三つの名前。
その横に書く。
——白面:高反応速度
ペンを止める。
もう一行。
——認識阻害あり
さらに。
——「兄」
そこで止まる。
少しだけ、考える。
だが——
閉じる。
「……関係ねぇ」
吐き捨てる。
だが。
心のどこかで。
引っかかっている。
消えない。
「……潰す」
低く言う。
それだけは、変わらない。
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