見てろ
エンジンが止まる。コンビニの灯りだけがやけに明るい。誰もすぐには降りない。遅れて後ろのメンバーが止まり、さっきズレた一台の動きだけが少し硬い。
「……今の」誰かが小さく言うが、返事はない。
柳はハンドルを握ったまま前を見ている。航はその視線の先じゃなく、ミラーの動きを見る。
(見てる)
全員いる。誰も欠けていない。それを確かめている。
やがて柳がヘルメットを外し、息を吐いて降りる。
「帰るぞ」
短い一言で全員が動く。さっきのことには誰も触れない。触れられないまま回っている。
柳が近づく。「原田、ちょっと来い」
コンビニ裏。灯りが少し遠い。
「さっきの」柳が先に言う。「助かった」
航は少しだけ間を置く。「ズレてた」
柳が小さく笑う。「見えてたな」
「見てたからな」
数秒の沈黙。
「……お前さ、なんでそこまで見る」
軽い言い方だが目は軽くない。航は短く返す。
「気になるからだろ」
一拍。柳の肩がわずかに揺れる。
「……それな。俺も同じだわ」
表から声が飛ぶ。「総長、大丈夫っすか」
柳は振り向かない。「大丈夫だ」
それだけで終わる。柳がもう一度航を見る。
「さっきの、あんま言うなよ」
「分かってる」
即答。柳は小さく息を吐く。「戻るか」
表に出ると、東華はもういつもの空気に戻っている。何もなかったみたいに。
(……そういうもんか)
柳がバイクにまたがる。「乗るか」
航は一瞬考えて「今日はいい」とだけ言う。
「そっか」
エンジンがかかり、隊列が動き出す。
ミラーがわずかに動く。一瞬だけ、こっちを見る。
(……見てるな)
音が遠ざかる。航はその場に残る。コンビニの灯りの下、ポケットに手を入れる。
(まあ、いいか)
数日後。同じコンビニ。夜。
航が外に出た瞬間、低いエンジン音が滑り込む。
東華。
先頭で止まるのは、やっぱり柳。
ヘルメットを外して、軽く笑う。
「また来てんのか」
「お前もな」
短い会話。前と同じ。
でも、少しだけ違う。
柳はバイクを降りない。ハンドルに肘を乗せたまま、航を見る。
「この前の、ありがとな」
「もういいって」
「よくねえよ」
即答。
一瞬だけ、間。
「見えてたろ」
「まあな」
「じゃあいい」
それだけで終わるはずだった。
でも柳は視線を外さない。
少しだけ真面目な顔になる。
「なあ、原田」
「なんだ」
「お前、外にいろよ」
予想外の一言。
航は眉を寄せる。
「は?」
柳は小さく笑う。
「中に入るやつは、勝手に入る」
軽い言い方。でも、目は逸らさない。
「でも外から見てるやつは、そう多くねえ」
一拍。
エンジンが小さく唸る。
「……見てろ」
短い。
でも、まっすぐ落ちる。
「俺らが、落ちねえとこ」
風が抜ける。
言葉だけが残る。
航は何も返さない。
ただ、少しだけ息を吐く。
柳はそれを見て、満足したみたいに笑う。
「それでいい」
ヘルメットを被る。
最後に一度だけ、ミラーが動く。
「じゃあな、原田」
エンジンが上がる。
東華が夜に流れ出す。
光と音だけ残して。
航は動かない。
(……見てろ、か)
小さく思う。
ポケットに手を入れる
遠ざかるエンジン音。
ミラーが、もう一度だけ光る。
(……見てるな)
視線を外す。
それでもいいと思った。
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