崩れかけ
夜。さっきと同じ場所。
エンジン音が重なり、東華が動き出す。
航は何も言わず、後ろに乗る。
加速。風圧。視界が流れる。
隊列はすぐに整う。左右、後方、無駄のない配置。前と同じ——いや、少しだけ速い。
(……上げてる)
柳がスロットルを開ける。前の車を抜き、そのまま引っ張る。後ろもついてくるが、余裕は前回より薄い。
ミラーが動く。何度も、細かく。
(見てる)
分かっている。それでも——速度は落ちない。
直線を抜ける。次のカーブ。路面が鈍く光っている。
濡れてる。
柳は落とさない。
そのまま入る。
車体が深く倒れる。タイヤが路面を切る。後ろの音も続く——が、一瞬だけリズムがズレる。
(……今)
ほんのわずか。だが分かる。
後ろの一台。入りが遅い。
ラインが外に膨らむ。
(まずい)
距離が詰まる。さらにもう一台が反応してズレる。連鎖しかける。
柳は前を見たまま、まだ落とさない。
ミラーは見ている。でも——間に合ってない。
(このままだと、いく)
考えるより先に体が動く。
航は片手を離す。強く、柳の肩を叩く。
「落とせ!」
今までで一番強い声。
同時に、体重をわずかにずらす。車体の角度がほんの少しだけ変わる。
一瞬。
ほんの一瞬、間が空く。
次の瞬間——
スロットルが戻る。
急すぎない。だが明確に落ちる。
ラインが内に寄る。余裕が生まれる。
後ろの音が戻る。
崩れかけた流れが、繋がる。
そのまま抜ける。
誰も転ばない。
直線に入る。
風が戻るが、さっきより少しだけ遅い。
沈黙。
誰も何も言わない。
ただ走る。
しばらくして、柳が口を開く。
「……今の」
短い。
航は前を見たまま返す。
「ズレてた」
それだけ。
また少し間。
ミラーが動く。今度は長い。
全体を確認するように。
「……見えてんな」
ぽつりと落ちる。
航は何も言わない。
さっきの感覚がまだ残っている。
崩れかけた一瞬。
繋ぎ直した感触。
(……間に合った)
その事実だけが残る。
コンビニの灯りが見えてくる。
速度が落ちる。
止まる。
エンジンが切れる。
静かになる。
柳はしばらく動かない。
ヘルメットのまま、前を見ている。
それからゆっくり外す。
振り向く。
初めて、正面から航を見る。
「お前」
短く言う。
少しだけ間。
「さっきの、分かってやったのか」
航は少しだけ考える。
「なんとなく」
それだけ返す。
柳は数秒、黙る。
それから小さく笑う。
「なんとなく、であれやるか普通」
呆れたような声。
でも、否定じゃない。
「……助かった」
小さく。
初めて、はっきり言う。
航は何も返さない。
ただ、少しだけ視線を逸らす。
夜は静かだ。
さっきまでの音が、遠くに残っている。
柳はもう一度、後ろを見る。
隊列。
全員いる。
誰も欠けていない。
ほんのわずかに、息を吐く。
その動きは——
誰にも見えないくらい、小さかった。
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