走り
あの夜のあと、航はまた同じコンビニに来ていた。理由ははっきりしていたが、深く考えないことにした。
ドアが開くと、すぐに見つかる。昨日と同じ黒のパーカー。
(……またいるのかよ)
「おい」
声をかける。
「ん?」
振り向いて、表情が一瞬でほどける。
「……って、原田か。昨日ぶり」
軽く笑う。
「その服、昨日と同じか?」
「ちげぇよ。似てるだけだ」
「そうか」
どうでもいいやり取りが続く。間が空く。
柳が視線を外して、戻す。
「やっぱ思うんだよな」
「何が」
「こうやってまた会うの、運命じゃね?」
「……たまたまだろ」
短く返すが、柳は気にせず笑う。
「そういえば、名前ちゃんと聞いてなかったな」
「言ってなかったか?」
「聞いてねえ」
「原田」
短く名乗る。
「原田ね。覚えた」
頷いてから続ける。
「俺は柳蓮」
「……ああ」
知っているが、触れない。
「よろしくな」
「よろしく」
沈黙が落ちる。
柳が思い出したように口を開く。
「なあ、バイク乗るか?」
一瞬だけ迷う。
「……いいのか」
「いいよ。どうせ帰りだし」
軽い調子。断る理由もない。
「じゃあ、乗る」
即決だった。
柳は楽しそうに笑う。
「決まり。ケツな」
二人で外に出る。夜風が当たる。並んだバイクと、その周りの視線。当然のように注目を集める。
エンジンがかかる。低く、腹に響く振動。
後ろに乗る。視界は柳の背中と、細く伸びる道路だけに絞られる。
スロットルが開く。
一気に持っていかれる。風が叩きつけてくる。音が張り付く。
気づけば、後ろに気配が増えている。
左右と背後。音が重なり、形になる。
東華の隊列。
(……揃ってる)
無理に合わせている感じはない。それでも、ずれない。
詰めすぎない。離れすぎない。
全員が、ほんのわずかに“余白”を残している。
柳は前の車を抜き、減速しないまま直線に出る。
やがてカーブが見える。路面が鈍く光っている。
濡れている。
それでも、速度は落ちない。
そのまま車体を倒す。
——その瞬間、引っかかる。
速さじゃない。ラインでもない。
もっと別のところ。
航は一瞬だけ視線をずらす。後ろを見る。
隊列は崩れていない。
距離が、揃いすぎている。
(……なんだ、この取り方)
近くない。遠くない。
全員が、“何かを待つ”みたいに余裕を残している。
前に戻す。
柳の背中。
——動く。
ミラー。
一瞬。だが、それが一度じゃない。
また。
もう一度。
(……見てるのか)
前じゃない。
後ろを。
カーブを抜ける。何も起きない。
直線。風が戻る。
柳が少しだけ笑う。
「怖かったか」
「別に」
短く返す。
その直後。
また、ミラー。
今度は、はっきり分かる。
一瞬だけ——力が入る。
肩が、わずかに固まる。
(……違うな)
ただの癖じゃない。
「なあ」
風を切って声を投げる。
「なんだ」
「さっきから後ろ見てるだろ」
一拍。
「……見てるな」
否定しない。
「なんでだ」
風が強くなる。
すぐには返ってこない。
ほんの少しだけ、間。
「癖だよ」
軽い。
軽すぎる。
「癖?」
「気になるだけだ」
それだけ。
(それで済むかよ)
——また、ミラー。
今度は、はっきり見えた。
ほんの一瞬。
確認するみたいに。
落ちていないか、確認するみたいに
「……そうか」
それ以上は聞かない。
流す。
柳は何も言わない。
ただ走る。
前を見て——
また、後ろを見る。
(何かある)
今度は、ただの違和感じゃない。
確信に近いものが、残る。
——あれは、癖なんかじゃない。




