コンビニで出会った男
国会議員殺害事件解決後
「終わった」
それだけ送る。
既読は、すぐついた。
少し間があって——
『そうか』
短い。
(まあ、そうだよな)
画面を見たまま、指が止まる。
打つか、やめるか。
一瞬だけ迷って——
『一人、捕まった』
送る。
また、少し間。
『そうか』
同じ返事。
(……それだけかよ)
小さく息を吐く。
打ちかけて、消す。
どうでもいいことが浮かんで、
どうでもいいまま消える。
『なあ』
先に来た。
指が止まる。
『違和感は残ったか』
一拍。
(……ああ)
少しだけ、口元が歪む。
『ああ』
すぐに返す。
既読。
間は、ほとんどない。
『ならいい』
一瞬だけ間があく
『消すな』
それだけだった。
画面が暗くなる。
(……相変わらずだな)
ポケットに突っ込む。
報告でもない。
評価でもない。
ただ——
“見えているか”だけ、確かめられた気がした。
(腹減ったな… 近所のコンビニでも行くか)
コンビニの自動ドアが開く。
軽い電子音と、明るすぎる光。
夜との境目みたいな場所。
航は棚に向かう。
(……腹減った)
手に取ったのは、カップ焼きそば。
その瞬間。
「……あ」
もう一つの手が、同時に伸びていた。
ぴたり、と止まる。
視線が合う。
黒のパーカー。
少し乱れた髪。
やけに整った顔立ち。
そして——
妙に軽い雰囲気。
「どうぞ」
そいつが先に言った。
迷いもなく、譲る。
「いや、いい」
航は短く返す。
「遠慮しなくていいって。俺、こういうの譲るタイプ」
そう言って、手を引いた瞬間——
ガンッ。
肘が棚にぶつかる。
「っ痛ぇ!」
カップ麺が崩れ落ちる。
静まり返る店内。
(……何やってんだこいつ)
航は無言でしゃがみ、商品を拾う。
「すみません」
「自分でぶつけただけだろ」
「それな」
あっさり認める。
変なやつだ。
拾い終えると、そいつは笑った。
「ありがと。じゃあそれ、あげる」
焼きそばを差し出してくる。
「いらねえ」
「え、なんで?」
「さっき譲るって言ったろ」
「いや俺、もう一個あるし」
袋から同じ焼きそばを出して見せる。
(最初から二個持ってたのかよ)
「運命感じない?」
「感じねえよ」
即答。
それでも、そいつは楽しそうだった。
「名前くらい教えてよ」
「……なんでだよ」
「なんとなく」
軽い。
軽すぎる。
でも——
その目だけは、違った。
底が見えない。
「……原田」
短く答える。
「原田ね。覚えた」
まるで友達みたいに言う。
違和感だけが残る。
航はレジに向かう。
会計を済ませ、外に出る。
夜の空気。
その瞬間——
空気が、変わった。
低く響くエンジン音。
一台じゃない。
十台、二十台——それ以上。
道路の向こうから、光が流れ込んでくる。
バイクの群れ。
統率された動き。
ざわつく通行人。
「……東華だ」
誰かが呟く。
航は足を止めた。
(タイミングが良すぎる)
背後でドアが開く。
さっきの男が、出てきた。
片手に袋。
さっきと同じ、軽い顔。
なのに——
バイクの群れが、一斉に止まる。
そして。
全員が、頭を下げた。
「総長」
空気が沈む。
音が支配される。
街が、その男を中心に回る。
(……嘘だろ)
さっきまで、ただのドジなやつだった。
それが——
関東最大の暴走族、東華の総長。
柳蓮。
そいつは、軽く手を上げる。
「遅えよ」
それだけで、全員が動く。
命令じゃない。
でも、逆らえない。
完全な支配。
蓮は、ふとこっちを見た。
「あ、原田」
名前を呼ばれる。
距離が、一気に近くなる。
「またな」
笑う。
何も知らないみたいに。
でも、その背後には何十台もの影。
エンジンが唸る。
夜が裂ける。
東華は、去っていく。
光と音だけを残して。
⸻
静けさが戻る。
航は、その場に立ち尽くしていた。
(……最悪だな)
ただの対象じゃなくなった。
ただの犯罪者でもない。
“人”として、認識してしまった。
そして——
一番面倒な相手だと、理解した。
⸻
その夜。
報告書に、名前を書く。
柳蓮。
その瞬間、ふと引っかかる。
既視感。
データベースを開く。
過去の記録。
数年前の交通事故。
関係者欄。
そこに——
同じ名前があった。
「……なんだよ、これ」
画面を見つめたまま、動けなくなる。
事故。
死亡者、一名。
同乗者——
柳蓮。
⸻
“更生”という言葉が、
この時、初めて現実の重さを持った。




