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転校初日に学校一の美少女に告白したら、何故か一緒に日本一を目指すことになった件  作者: 堅物スライム


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第7話 修学旅行②

 修学旅行の定番と言えば、大部屋。

 男子は就寝前の枕投げ大会。

 そして女子たちは恋バナに花を咲かせる。


 そんな風に思ってた時期が俺にもありました。


 普通に二人部屋だった。

 俺はもちろん、上戸と。九条さんは中澤さんと。


 朝からずっと一緒に行動してたせいか、もうさすがに話すネタも尽きた。

 上戸はベッドに座って、時折奇声を発しながらスマホゲームに熱中している。

 俺はベッドに寝転がり、『ハイレベル英語ディベート完全攻略』を読み進めていた。

 九条さんの言ってた通り、普通の本なら二時間半もあれば一冊くらいは読み終えるのだが、なにせ英語だから。そう簡単には進まないって。


 消灯時間は22時。

 先生たちが各部屋を見回りに来るらしい。


 今回の修学旅行で、俺にはどうしても実現したいと思っていたことがあった。

 それは、ラブコメの修学旅行でよくある定番イベント――消灯後こっそり抜け出しての密会。

 誰もいない公園のベンチで寄り添って、月明かりの下、二人の距離がぐっと近づく、あの展開。


 ……まぁ、現時点の俺では、九条さん相手にそこまで期待するのは無謀というものだろう。


 であるなら。


 もちろん、ディベートだ。

 これなら堂々と誘えるし、九条さんもOKしてくれるかもしれない。


 若干の緊張を抱えながら、俺はスマホを手に取ってLINEを開く。

 そして、慎重に言葉を選びながらメッセージを打ち込んだ。


『先生たちの見回りが終わった後、ホテルの入口近くにあったベンチまで来れる? 木陰になってたから、外の窓からは死角になってる場所の。模擬戦をしたい』


 送信ボタンを押した瞬間、心臓が一気にバクバク鳴り出した。

 そしてその直後、猛烈な自己反省モードに突入する。


 やべぇ……

 マジで送っちまった……

 何やってんだ俺……


 スマホの画面を直視できない。そっと伏せて、時間だけが流れていく。

 永遠にも思える数分後、ピコンという通知音が鳴った。


 恐る恐るスマホを手に取り、ロック画面に目をやる。


「新着メッセージがあります。」


 その文字列が、爆弾の導火線のように脳内に火をつける。


 う、うわあああああ……

 これ、どっちだ!?


 深く息を吸って、吐いて、ようやく覚悟を決めた俺は、震える手で画面を開く。


「いいけど、テーマは何?」


 ――よっしゃあああああああああ!!!!!


 ……落ち着け。

 次のステップだ。テーマどうする。


 少し考えて、俺は文字を打ち込んだ。


「本当に大切なものは『手に入れたもの』か、『失わなかったもの』かでどう?」

「了解。面白そうね」


 ◆◆◆


 時刻は、もうすぐ22時半。

 先生の見回りをやり過ごし、俺はベッドでスマホをいじっている上戸に「ちょっと外行ってくるわ」とだけ告げた。


「んー」


 上戸は相変わらずゲームに夢中で、ろくに顔も上げず、片手で雑に返事をする。


 俺は静かにドアを開け、廊下へ出た。

 人の気配はほとんどない。時々、どこかの部屋から笑い声がこぼれてくる程度だ。

 学校のジャージ姿の俺とは違い、すれ違う生徒の中には、自前のスウェットに着替えているやつもいた。


 エレベーターで1階へ下りる。

 ロビーはひんやりとした空気に包まれ、照明はやや控えめ。昼間のにぎやかさが嘘のように静かだった。

 スマホをいじるフリをしながら、誰にも見られないタイミングを待つ。


 やがて、受付が無人になる瞬間を見計らい、俺はホテルの外へ飛び出した。


 夜風がひやりと頬をかすめる。

 空は高く澄んでいて、満月がぼんやりと雲を照らしている。

 秋の夜の空気には、どこか背筋を正されるような冷たさと静けさがあった。


 人気のない中庭を通り抜け、入口近くの木陰のベンチへダッシュで向かう。

 そこには、先客の姿。


「遅かったわね」


 すでに九条さんが、ベンチに腰掛けていた。

 落ち着いた色合いのおしゃれなスウェットを着ていて、夜の光の中で静かに浮かび上がって見えた。


「ゴメン、先生がなかなか来なくてさ」


 息を整えながら隣に座ると、ふわっと柔らかい香りに包まれた。

 石鹸とボディオイルを混ぜたような匂い。

 風呂上がりの彼女が放つ空気感に、思わず鼻息荒く凝視したくなるが、なんとか抑える。眼福が過ぎる。


「では、始めましょう。本当に大切なものは『手に入れたもの』か、『失わなかったもの』。出口君はどっち?」


 その問いで、夢見心地の思考が現実へ引き戻される。


「……俺は『手に入れたもの』かな」

「了解」


 軽やかな声とともに、勝負開始。


「俺は人生って結局、何を手に入れたかで決まると思ってる。技術とか、成績とか、人からの信頼とか……あとは、好きな人の気持ちとかさ」


 少し照れくさい例えが口をついて出る。

 が、俺が九条さんのことを好きなことはもう伝わってるし気にしない。


「努力して手に入れたものって、自分が頑張ってきた証になるじゃん? たとえば、部活で優勝したトロフィーとか、受験に受かった合格通知とか。そういう『結果』があるから、人は成長できると思う。もし、何も得られなかった人生だったら……それを『良かった』って言っても、説得力なくない?」


 言い終えると、隣の九条さんが月明かりを背に、ゆっくりと視線を上げる。

 その横顔は、夜の空気の中で天使のように見えた。


「でも、もし何かを手に入れることに夢中になってる間に、大切なものを失ってたとしたら? たとえば家族との時間とか、自分の若さとか、自分らしさみたいなもの……。そういうのって、失ってからじゃないと、どれだけ大事だったか分からないと思う」


 その声は静かで落ち着いているけど、言葉の一つひとつに芯がある。


「逆にずっとそばにいてくれた人とか、変わらず続いてる日常とか、そういう『失わなかったもの』って、ちゃんと守り続けられたこと自体がすごいことじゃない? 新しく何かを手に入れるときだって、それがあって初めて意味が出てくる気がする。もし大事なものを手放したまま成功したとして、それって……本当に心から笑えるのかな?」


 ぐっ……強い。さすが九条さん。

 だが、俺もこの一か月、論理思考の瞬発力を鍛えてきた。


「たしかに、失ってから気づくってこともある。だけどさ、それって結局、何かを本気で手に入れようとしたからじゃない?」


 そのまま一呼吸置いて、続ける。


「安全な場所にいれば、たしかに何も失わないかもしれない。でも、同時に何も得られないかもしれない。前に進もうって思うなら、何かを手放す覚悟も必要だと思うし……それでもちゃんと『手に入れたもの』に意味を見つける。それが、生きるってことなんじゃないの?」


 視線を向けると、九条さんはほんの少しだけ、口元を緩めていた。


「でもね、得たからって、それだけで大事って決めつけるのは、ちょっと違うと思うな」


 彼女の反撃は、穏やかで、それでいて的確だった。


「何かを手に入れようとするあまり、周りとの関係とか、自分らしさとか、気づいたら見えなくなってることってあると思うの。そういう『当たり前』って、なくして初めて気づくからこそ、ちゃんと守れたことには価値があるんじゃないかな」


 その言葉には誇張がない。

 ああ、そうだよなって思ってしまう。


「たとえば、昔からの仲間とか、ちゃんと毎日学校に来られてることとか……すごく地味だけど、それってすごく大事でしょ? 『得たもの』は目立つけど、『失わなかったもの』は意識しないと見えない。でも振り返ってみると、支えになってるのって、そっちの方だったりしない?」


 彼女の目が、まっすぐ俺を見ていた。

 いつものように、ただただ真剣だった。


 議論が始まると、不思議と俺の中からは邪な気持ちが消えていく。

 九条さんの論理の壁の向こうには、きっと彼女の本当の心がある。

 それに触れる為には、やっぱりこの壁を乗り越えるしかないんだ。


 修学旅行初日の夜は更けていく。

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