第6話 修学旅行①
十月の初旬。
修学旅行初日の朝を迎えた。
空気は少しひんやりとしていて、秋の気配を感じる。
俺は東京駅に到着し、慣れない大型ターミナルに軽く翻弄されながら集合場所へと向かう。
ちゃんと辿り着けるか不安だったが、同じ学校の制服を着た集団を見かけたので、さり気なく後をつける。
出発前に迷子とか、シャレにならんからな。
旅の目的地は京都・奈良。
正直、中学の時の修学旅行も関西だったから新鮮味はあまりない。
俺の班は四人編成。
上戸と九条さん、そして人畜無害・地味系女子代表の中澤さんだ。
班決めの際、誰ともつるまなさそうな中澤さんの雰囲気をいち早く察して、強引に誘い込むことに成功した。
彼女は休み時間はいつも読書しているから、色々気を遣って話しかけたりする必要がなさそうなのが選定ポイントだった。
「はぁ~、制服で旅行とかめっちゃだるいな」
上戸が大きな欠伸をかみ殺しながらぼやく。
肩から提げたバッグが、まだ眠そうなこいつのだらしない雰囲気と見事にリンクしていた。
「いや、俺は私服に自信ないから制服で良かったかも」
「ばっか、お前。九条さんの私服姿を拝むチャンスだっただろ?」
「……あ、それは確かに」
脳裏に蘇るのは、初めて会ったときの九条さんだ。
夏の淡い色合いのワンピースに薄手のジャケット。
あれはもう、青春の教科書があるなら巻頭見開きに載せたいレベルだった。
男たるものそりゃ、声も掛けるっつーの。
「おはよう」
噂をすれば何とやら。
そんな話をしていたら、九条さんが颯爽と現れた。
朝の光を背に受けて歩いてくる姿は、制服姿にもかかわらず神々しい。
同じ制服でも、他となぜこうも格が違うのか。
「おいっす! てかめっちゃ荷物多くね?」
「女子は色々大変なのよ。着替えとか、アメニティとか……」
「ほーん」
「それより出口君はちゃんと本持ってきたの? 随分荷物が軽そうだけど……」
「持ってきたよ! 移動時間くらいしか読む時間が無さそうだから一冊だけだけど」
「え? 京都まで二時間半もあるじゃない。片道だけで二冊はいけるでしょ?」
「あなたと同じ尺度で考えないで頂きたいのですが……」
そんな会話をしていたら、九条さんの隣の中澤さんが、ふっと笑ったのが目に映った。
お?
中澤さんも笑うのね?
俺でなきゃ見逃しちゃうね。
修学旅行は普段接点のない人とも少し仲良くなるチャンスがありそうで楽しみだ。
◆◆◆
新幹線内のバカ騒ぎすら、殆ど耳に入ってこない程の超集中モードに突入した俺。
窓の外の富士山の景色にも気を取られることなく、『ハイレベル英語ディベート完全攻略』をひたすら読み込む。
予選まで二週間を切ってるからな。マジで足を引っ張らないように頑張らないと。
京都駅に到着すると、ゆっくりする間もなくホテルに荷物を預け、京都を代表する世界遺産、清水寺を訪問する。
中学の時にも来たから、少しだけ懐かしく思った。
清水寺の境内は、聞こえてくる言葉の半分くらいが外国語だった。
コロナ前よりむしろ増えてないか? ってくらい観光客だらけだ。
舞台から見下ろすと、緑の山肌の合間を人の列が埋め尽くしている。紅葉にはまだ早いが、それでも圧倒される景色。
「なぁ出口、恋占いの石って知ってるか?」
隣にやって来た上戸が、ニヤニヤしながら尋ねてくる。
「恋占いの石?」
「そう、知らん? 目を閉じながら歩いて石まで辿り着けたら恋が叶うらしいぞ」
「あ、何か聞いたことあるかも。近いの?」
「ここの本堂の奥にある地主神社にあるらしい。行ってみるか?」
「行く!」
細い石畳の参道を進むと、朱色の鳥居と小さな社殿が現れた。
目の前には人だかり。うちの学校の制服の姿も多い。
その中央には、二つの大きな自然石が向かい合うように置かれていた。
「よし、じゃやってみるか」
何の戸惑いも見せずに石へと向かっていく俺を見て、上戸が慌てたように声を掛けてくる。
「え? マジでやるの?? みんな見てるぞ……」
「こういうのは恥ずかしがったら負けなんだよ。よく見とけ」
そう言って一歩踏み出した俺の背後から、中澤さんの声が聞こえた。
「あれ? 出口君って好きな人でもいるの?」
え? 今さら?
クラス全員知ってるもんだと思ってたけど。
「うん、九条さん」
俺は振り返って、何でもないことのように教える。
「えっ!? そうなの??」
中澤さんは隣にいる九条さんをビックリした顔で見つめる。
「そうらしいわ」
「え? あっさりしすぎじゃない? 九条さん告白されたってことだよね? どんな状況!?」
「ディベートで私に勝てたら付き合うことになってる」
「えええ!? そんなんで決めちゃっていいの!? ディベートに強い人がタイプってこと!?」
「ううん、全然そんなことないかも」
「いやいやいやいや……、もっと自分を大事にしなよ」
「大丈夫、絶対負けないから」
中澤さん、意外に喋るじゃん。
てか九条さんがボケで中澤さんがツッコミの漫才コンビみたいになってるやん。
そんなやり取りを背に、俺は石に向かって真っすぐ進み、目を瞑る。
「あれ? あんな奴うちの学校にいたっけ?」
「夏休み明けに転校してきた奴だろ?」
名門校のプライドか、遠巻きに眺めるだけでチャレンジする勇気のない野次馬の声がざわざわと聞こえてくる。
しかし、そんなものは気にしない。耳だけを閉じるように、集中する。
俺はゆっくりと、対になっている石に向かって歩き出す。
多分、10メートルくらいだったはず。
一歩、また一歩と慎重に歩を進めていく。
そして——
手に、ひんやりとした硬い感触があった。
「よっしゃああああ!!」
思わず俺はガッツポーズをして、雄叫びを上げる。
だが、後ろを振り返ると、上戸はおろか九条さんも中澤さんも、俺とは無関係を装うように、その場から離れ始めていた。
「うおおおおおおい!!」
慌てて後を追いかける。
「ちょ、待てよ!」
三人は歩を緩める素振りも見せず、すたすたと引き返していく。
「ねぇ見た!? 見たよね??」
俺は上戸の肩をガシッと掴み、強引に振り向かせる。
「見たけど、あのガッツポーズは無しだろ……」
「え? 何でよ!? 九条さん、ちゃんと見てくれたよね?」
「見てたけど、あの石に触ったら恋が叶うとか、何の論理性も無くて……」
「いやいや君たち冷め過ぎだって。少しははしゃごうよ」
……何か俺一人ではしゃいじゃって、バカみたいじゃん。
「そうだ、九条さん! 模擬戦やろう。論題は『恋占いの石は本当に恋が叶うのか』で」
その瞬間、九条さんの目が「勝負モード」に切り替わる。
「ええ、いいわよ。私はもちろん否定側ね」
「おう、当然俺は肯定側。これも運命みたいなもんだからな。絶対に証明してみせる」
そしていつも通り、俺はあっという間に論破され、石に込めた俺の恋の願いは論理のハンマーで粉々に砕かれた。
肩をポンと叩いてくる中澤さんの「ドンマイ」が、やけに優しく感じた。




