第36話 決戦の日は近い
部屋に戻っても、俺の興奮は冷めやらなかった。
寝ようとしても、股間の昂ぶりがそれを許さない。
仕方なく、鮮明に記憶に刻まれた九条さんのあんな部分やこんな部分を思い出し、一人で処理をする。
二回ほど抜いて、ようやく落ち着いた俺は、短時間ながらもぐっすり眠りにつくことが出来たのだった。
――目が覚めても、まだ夢見心地のままだった。
朝食に呼ばれ、みんなで顔を揃えるが、目の前の九条さんの顔をまともに見ることができない。
九条さんは普段通りの自然な感じで、中澤さんと仲良く会話を交わしている。
そんな九条さんの笑顔を見て、俺はようやく冷静さを取り戻した。
そして、自分の理性を保てず、勢いに任せて、とんでもないことをしてしまったという自己嫌悪がじわじわと俺の心を侵食してくる。
やばい……九条さんに申し訳ない。
マジでこの世から消え去りたいとまで思えてきて、食事も喉を通らない。
すぐに、俺のいつもと違う様子に気づいたのか、九条さんが怪訝そうに問いかける。
「出口君、どうかしたの? 具合でも悪い?」
「え……いや、そんなことは無いけど、普段朝食は取らないから、あんまお腹空いてなくて」
そう言って適当にごまかす。
「そうなの?」
昨日あんなことをしたのに、九条さんはめっちゃ自然体だ……。
「いや、でもこんな豪華な食事残すわけにはいかないからな」
無理やり口に詰め込み始めるが、味はほとんど分からない。
「お前、めっちゃ貧乏性だな……。バイキングとかいったら、元を取らないととか言って腹パンパンに膨らますタイプだろ?」
上戸の能天気な言葉に、一同から笑いが起こる。
「……まぁ、それは否定しない」
◆◆◆
「ねぇ、本当に大丈夫なの?」
朝食を終え、部屋に戻る途中、九条さんが心配そうに声を掛けてきた。
「え……ああ。九条さんこそ大丈夫?」
「私? 何で?」
「いや、昨日……俺、自分を制御できなくなって暴走しちゃったから……。九条さんの気持ちとか全然考えてなかったなって猛烈に自己嫌悪に陥っちゃって。返事聞かずに挿れちゃったし」
「わ、私は別に……その……」
九条さんは少し言いづらそうに言葉を選びながら、続ける。
「出口君がアメリカに行く前に、そういう関係になってもいいと思ってたし」
「でも……ゴムも無かったのに……何か強引すぎたんじゃないかって」
「……確かに、ちょっとね。でも本当に嫌だったら突き飛ばしてるから!」
そして九条さんはそっと俺の耳元に口を寄せ、小声でささやく。
「次はちゃんと用意しておいてね」
その言葉に、頬を赤く染めながらはにかむ九条さん。
そして軽やかに階段を駆け上がっていくその姿に、俺はなぜかほっとして、罪悪感が薄まっていくのを感じていた。
◆◆◆
今回の合宿での最後の部活動を終え、俺たちは全員で屋上へ上った。
「うわぁ、凄いですね……!」
世野さんが感激したように満天の星空を見上げる。
何か青春ドラマみたいだな、俺たち。
「あれがデネブ、アルタイル、ベガ」
そう言って、俺は星空を指さす。
「全然ちゃうやろ、適当なこと言うな」
何故か関西弁になった上戸に鋭く突っ込まれる。
「デネブはあれだよ」
上戸は別の場所を指し示す。
「何? お前、星空とか詳しいの?」
「いや、そこまでじゃないけど、こんだけはっきり見える夜空だったら、夏の大三角くらいは分かる」
「えー、上戸君、意外とロマンチックなんだね!」
お、良かったな。
お前に対する中澤さんのポイントが上がったんじゃないの?
暫く、俺たちは無言のまま、星空を鑑賞する。
すると、九条さんがこっそり俺の隣にやって来て、手を繋いできた。
……え?
ヤバいって!
みんなにばれたらどうすんの!?
俺の焦りを見透かしたように、九条さんはくすくすと笑っている。
――いいだろう、これはチキンレースだ。
先に手を離した方が負けってことだな?
「あ、そういや出口――」
上戸がそう言って振り向いた瞬間、俺たちは阿吽の呼吸で手を離す。
この勝負は引き分けだな。
◆◆◆
こうして、俺たちの甲子園に向けての合宿は終わりを告げた。
スプリンターに乗り込む前に、別荘を振り返り、色々と思い返しては感慨にふける。
濃密な二泊三日だった。
初日の廃墟探検。
久しぶりの探検に心が躍った。
さらに星空の下での初体験など、一体どれだけの人が経験できることだろう。
もちろん、その間の部活動が充実していたことも言うまでもない。
充分に仕上がったと、自信を持って言える。
最後の晩は青春ドラマ的なことも経験できたし、他のみんなにとっても良い思い出になったはずだ。
……そして、デイブ先生は一体何本のビールとワインを呑んでいたんだろう。
その巨体が、この数日でますます大きくなった気がする。
いつの間に買ったのか、帰りの車内用と思われるお菓子を大量に抱えているし。
八月はもう目の前だ。
ディベート高校日本一を決めるその日が、刻一刻と迫っている。
――そういえば、君と出会ったのも八月だった。
そして、君と離れることになるのも、八月だ。




