第33話 お家デート
七月に入った。
期末試験が近い。
スタンフォード入学に向けて、成績は一応クリアしているが、ここで手を抜くわけにはいかない。
それでも今の俺は、勉強より何よりもイチャイチャがしたい。
勉強ではなく、そのための作戦に頭を使いたい。
じゃ、どうするか。
試験勉をダシにするのは確定だ。
問題はどこで一緒に勉強するかだ。
お互いの家は論外。
ホテル九条パレスはダメだ。
あそこでは、とてもそんなことが出来るわけがない。
人目があるし、何より九条家の息のかかったスタッフたちが目を光らせているだろう。
図書館?
学校?
無理すぎる。
え? どうやっても無理じゃん。
そんな絶望が押し寄せた晩飯の席で、母より思いがけない一言。
「明日、お母さんライブに行ってくるから遅くなるわ」
「え? そうなん?」
「ご飯は用意しとくから、適当に温めて食べてて」
まさかの幸運が舞い降りた。
ただ、明日いきなり誘って大丈夫か?
何かもう既に予定とかあっても不思議ではない。
――先に聞いておくか。
明日誘ってがっかりするのもあれだし。
早速、俺は九条さんにLINEを送った。
「明日、一緒に勉強しない?」
すると、すぐに返信が届く。
「いいわよ。また九条パレスのラウンジ予約しとく?」
やはり、そう来たか。
ひとまず、予定が入っていないことは確認できた。
俺も即座に返信を打ち込もうとする――が、緊張で指が上手く動かない。
微かに震えている気がする。
心臓が突然バクバクし始める。
アホか!!
この程度で緊張すんな!!
もうキスもしてる間柄だぞ!!
自信を持て、俺!!!
「明日は俺んちでどう? 夜まで誰もいないから」
送信。
すぐに既読がつく。
――しかし。
返信が来ない。
一分、二分……時間の流れが実際よりもめっちゃ遅く感じる。
え?
嘘だろ……やっちまったか……?
五分が経過し、十分が過ぎた。
まだ返信はない。
あああああああああああああああああああああ――。
俺はベッドに倒れ込み、枕を頭に押し当てて悶える。
二十分後。
LINEの通知が来ていないか、恐る恐るスマホを確認する。
通知音を聞き逃していたかもしれない。
……何の通知も入っていない。
マジかよ!?
こんなことで終わっちゃうの??
絶望で世界が闇に染まっていく。
何もする気が起きない。
スタンフォードへの入学ですらどうでもよくなってきた。
いや、むしろ気持ちをリセットするためにアメリカへ行くってのはありだな。
そうだよ!
アメリカ行きが決まっててマジで良かった!!
そんなふうに無理やり気持ちを切り替えていたら、ピコン、とスマホが鳴る。
急いで画面を確認。
九条さんからのメッセージだ。
もう恐れることなど何もない。
さっき俺は一回振られたのだから。
すぐにトーク画面を開く。
「ゴメン」
「お風呂入ってた」
「いいよ、明日は出川君の家ね」
最初の「ゴメン」で心臓がまた一瞬止まりかけたが、その後のメッセージで息を吹き返した。
よっしゃああああああああああああああああああ!!
俺は天に向かって拳を突き上げた。
◆◆◆
翌日の放課後。
部活もなく、授業が終わるとそのまま下校となる。
周りにばれないよう、俺たちは別々に電車へ乗り込み、俺の最寄り駅で合流した。
俺の知る限り、この駅を使っている黎明学院の生徒はいない。
どちらからともなく自然に手をつなぎ、歩き出す。
改めて、ここまでの関係になったのかと思うと、胸の奥がじんわり熱くなる。
「多分、九条さんが飼ってる犬の部屋より俺んち狭いかも」
「そんなわけないでしょ。てか、私、犬なんて飼ってないわよ?」
「そうだっけ? とりあえず俺の部屋は九条さんちのバスルームより狭いと思う」
「……うちのバスルーム、確かに広いかも」
そんな他愛ない会話を交わしながら、マンションに到着する。
早速、俺の部屋に案内すると、九条さんは物珍しそうにキョロキョロと見回した。
「ちゃんと片付けてるのね。意外」
「いや、昨日の夜、めっちゃ掃除したから」
九条さんが、俺の部屋にいる……。
その非現実的な光景に、俺の脳はなかなか馴染めずにいた。
一旦、心を落ち着けるために、リビングで飲み物を用意する。
そして、頃合いを見計らって部屋に戻ると、早速小机を挟んで向かい合い、勉強を始めた。
――会話もなく、静かに時間だけが過ぎていく。
いちゃいちゃしたいなんて言い出せる雰囲気ではまったくない。
めっちゃ集中している九条さんとは裏腹に、俺の頭には何も入ってこない。
「ちょっと休憩しない?」
俺はベッドに腰掛け、そう提案する。
「いいわよ」
九条さんはカーペットに座ったままだ。
あれ?
これ、どうやってこっちに来るよう誘えばいいんだ?
いきなりベッドに座りなよなんて言ったら、警戒されるよな?
だとすれば――
俺はそっと九条さんの横に座った。
そして、その華奢な手をそっと握る。
「なに? 休憩でしょ?」
「ちょっとだけイチャイチャしたい。ダメ?」
「……いいけど」
俺は九条さんの手を、そっとニギニギする。
「どうしたの?」
「……いや、アメリカに行っても、この手の感触を忘れないようにと思って」
そのまま、しばらく無言の時間が流れた。
――なんか、いい雰囲気になってきたんじゃないか?
俺は九条さんの頬に手の平を当て、こちらを向かせる。
「キスしていい?」とは、もう聞かない。
さすがに学んだ。
そして無言のまま、九条さんに顔を近づけ、唇を重ねた。
この前の公園のあれはソフトすぎたから、今日はもっと強めに――。
九条さんは全く抵抗してこない。
調子に乗った俺は、全く歯止めを利かせることが出来ず、めっちゃディープなキスをしてしまっていた。
気づけば、服の上から胸まで揉んでいる。
そして、俺の手がスカートの内部に侵入し、太ももを触り始めた時点で――
「も、もうおしまい!」
九条さんは慌てて俺を引き離す。
その顔は真っ赤に染まっている。
「はい、休憩はここまで! 勉強再開しよ!」
「ええ……もうちょっとだけ……」
「ダメ!」
ピシャリと言い放たれ、さすがにそれ以上は無理だった。




