第31話 星空の約束②
論戦は前回と同じ主張が続く。
将棋で言うところの定跡ってやつか?
終盤戦の一歩手前。
九条さんがまた、変わることのない主張を突きつける。
「で、前も話したけど『刺激的で成長できて、かつ安定した生活を送れる相手』と出会える確率はどれ位あるの?」
前回、俺はここで言葉を詰まらせ、その後の畳みかけで成す術もなく敗れた。
だが、今回は違う。
同じ轍は踏まない。ちゃんと研究手を準備している。
ここで定跡を外す。強引に。
「俺がその相手だって証明する。少なくとも俺は九条さんにとって、『刺激的で成長できる』相手だと自信を持って言える。この点に関してはどう?」
俺は九条さんの瞳を真っ直ぐに見据え、言い放った。
「それは――」
九条さんの瞳が一瞬だけ揺らぎ、そして視線を外す。
「……その点については否定しない。でも――」
言葉を切り、もう一度いつもの力強い瞳で俺を見据える。
「私の主張は『安定した生活を送れる相手』の方に主眼を置いてる。あなたは、これを証明できない限り、私の論を崩せない」
「うん。だからそれは、何年後かに証明する」
「今、証明できなきゃ勝負がつかないじゃない……。それに、何年後って……。どうやって証明するつもりなの?」
九条さんはちょっと呆れたように眉を下げた。
「俺は九月にスタンフォード大学に入学する。ディベート甲子園優勝の実績を引っ提げて、奨学金もゲットする」
「え……?」
「理系コースを選んだのも、理数系の成績証明の為。文系を選んじゃうと厳しいってデイブ先生に聞いたから」
「……年末から何かこそこそ動いてると思ってたけど、それだったのね」
「ゴメン、黙ってて。推薦落ちちゃったらハズかったし」
九条さんはじっと黙って、何かを噛み締めるように視線を落とす。
一緒にいられるのは、残り三ヶ月ちょっと。
しんみりした空気になりそうで、俺はあえて明るく話した。
「てか、デイブ先生。ああ見えて、あの人もスタンフォード卒なんだよ。何を間違って日本でお気楽英語教師なんかやってんだろ」
「……私も聞いたことあるわ。本当に何も考えてなさそうだったけど。それより――」
九条さんがキッと俺を睨みつける。
「今日はこの論戦、決着つかないんじゃない? あなたが言う何年後かに持ち越しなの?」
「そうなるね。将棋で言うところの千日手? 持将棋? いやちょっと違うか」
「もう……。じゃあ、何で勝負を挑んできたのよ」
「俺の覚悟を伝える為かな。今度の甲子園、本気で優勝を狙ってるという覚悟と――」
一瞬、言葉が喉に詰まる。
言うべきことは決まっている。だけど、やっぱり照れる。
それでも――。
「何年経っても、遠く離れても……九条さんのことを好きでいるっていう自信」
九条さんは何も言わなかった。
ただ、黙って毛布をぎゅっと肩に引き寄せ、満天の星空を見上げていた。
てか、この星空。
化物語で阿良々木君とガハラさんがキスをしたシーンを思い出す。
――俺もしたい。
今、猛烈にキスがしたい。
あっちではガハラさんの方から誘ってきてたけど、さすがに九条さんにそれを望むのは無理すぎる。
意識し始めた俺の心臓は、肋骨を突き破りそうなほどドックンドックンと跳ねている。
そ、そうだ、まずは……。
俺は毛布の中でごそごそと九条さんの手を探し、やがて見つけると問答無用で手を繋ぐ。
九条さんは特に驚く素振りも見せず、優しく握り返してくる。
いける――のか?
俺は気付かれないように、ゆっくり静かに深呼吸し、鼓動を鎮まらせる。
「九条さん」
「なに?」
「さっき俺が言ったことは、この星空が証人だから」
「ぷっ……やめてよ、出口君にそんなロマンチックなこと言われてもギャグにしか聞こえないから」
九条さんはくすくす笑い、せっかく作ろうとしたムードをぶち壊しにかかる。
だが、俺は負けない――!
「いや、マジだから」
そう言って、俺は出来る限りMAXの真面目顔で九条さんを見つめ、続ける。
「だから、キスがしたい」
言った……。
言えたぞ、俺……。
すると、全ての精神力を使い果たしたくらいの疲労感がジワジワとおれを蝕んでくる。
九条さんは少し驚いたような表情で俺を見つめ返す。
「え?」
「だめ?」
「そ、そういうのって普通聞くようなものじゃないんじゃないの? ――知らないけど」
その顔は耳まで真っ赤に染まっていた。
これは、どっちなの……?
オッケーってこと?
聞くまでもなくダメでしょってこと?
分らん……。
分らんけど、ここまで来て引き下がれない。
めっちゃキスがしたい。
俺は手を繋いでいない方の左腕で九条さんを抱き寄せ、その顔に手を添え、唇を重ねた。
むにゅっとした、冷たい感覚。
微かに広がる歯磨き粉の匂いが鼻孔を刺激する。
合ってるのか、これで――?
数秒後、唇を離す。
遅れて心臓がまた激しく脈打ち始める。
お互いに言葉は無く、ただ見つめ合う。
「もう一回していい?」
俺がそう言うと、九条さんはまた呆れたように。
「――だから、そういうのは聞くようなことじゃないって言ったでしょ」
今度は九条さんの方から唇を重ねてきた。
そして翌朝、俺たちは見事に風邪を引いたのであった。




