第28話 合宿①
高校三年になって、早くも一ヶ月が経過した。
今はまさにゴールデンウィークの真っ最中というところだ。
毎年のようにやってくる季節外れの暑さ。
今年も例外ではなく、既に連日30度近くまで気温は上昇している。
カレンダーはまだ春だというのに、体感はほとんど夏と変わらない。いや、夏はもっとヤバいか。
結局、新入部員は世野さんだけだったが、このスーパールーキーが一人いれば十分だろう。
俺たちは放課後の部活で頭をフル回転させ、互いの思考力を磨き合っていた。
さて、今日は憲法記念日。
学校は休みだというのに、朝早くからディベート部員は校門前に集合している。
デイブ先生もポロシャツに短パン、帽子にサングラスというラフな格好で上戸たちと談笑している。めっちゃ二の腕が太い。プロレスラーかよ……。
などと思ってると、俺たちの目の前で、見たこともない大型車が静かに止まった。
漆黒のボディは朝日を浴びて鏡のように光り輝き、フロントには堂々たるベンツのエンブレム。
車体のシルエットは洗練されていて、威圧感と余裕と格を感じさせる。
ゆっくりとドアが開き、中から現れたのは――
「おはよう」
九条さんだった。
動きやすそうなシンプルな服装だが、纏う空気は気品を隠し切れない。
「おはよー、玲ちん!」
「おいっすー」
「おはようございます」
みんなが挨拶を返す中、デイブ先生は車に近づき、興味津々といった表情で外観を眺め回している。
「OH! すごいですね、この車……。ベンツの『スプリンター』、VIP仕様にカスタマイズされてますね。お値段は……おそらく五千万くらいはすると見ました」
ご、五千万!?
ひえええ……汚したりしたらマジでヤバいな。
恐る恐る車内に足を踏み入れると、そこはまるでテレビで見たプライベートジェットのようだった。
柔らかなベージュの革張りシートが整然と並び、ひとつひとつが深く沈み込むような贅沢さ。
足を伸ばせるオットマン、アームレストには控えめな操作パネル。
壁面にはモニターが輝き、天井の間接照明が空間を柔らかく包み込んでいる。
移動手段というより、小さなラウンジそのものだ。
「みんな、シートベルトはした?」
前列に座った九条さんが、引率の先生のように振り向いて確認する。
「はーい」
「OKです」
部員たちの返事に満足そうにうなずくと、九条さんは運転席に声を掛けた。
「じゃ、出発してちょうだい」
「かしこまりました」
車は音も立てずに静かに発進する。
窓の外では、校門がゆっくりと遠ざかり、朝日を受けた街並みが流れていく。
向かう先は――軽井沢。
◆◆◆
九条財閥が保有する別荘は数多い。
北海道や沖縄は言うまでもなく、富士五湖周辺、箱根、伊豆高原、熱海にも当然のように存在する。
そんな中から、今回のゴールデンウィーク合宿の舞台として選ばれたのは、俺のごり押しする軽井沢だった。
中澤さんや上戸は沖縄や熱海を希望していたが、俺は軽井沢を譲らない。
となると、どうやって決めるのか。
じゃんけん?
いやいや、俺たちはディベート部だぜ?
論戦で決着をつけるに決まってる。
というわけで、本気を出した俺の案が見事に通ったというわけだ。
なぜ、ここまで軽井沢にこだわったのか。
理由は当然ある。
俺の趣味――廃墟巡りをするにあたって、軽井沢はうってつけの場所だからだ。
勉強の合間の息抜きに、気付けばYouTubeで廃墟関連の動画を見てしまう。
その中でも特に心惹かれるのが、軽井沢。
「いつか、この目で確かめたい」――ずっとそう思っていた。
車窓の景色は徐々に変わっていく。
新緑が鮮やかに輝く並木道を抜け、遠くの山々が淡く霞む。
東京を出発して、ちょうど三時間ほど経過すると、目的地である九条さんの別荘に到着した。
車のドアを開けると、清涼な空気が肺いっぱいに流れ込む。
空気は東京の蒸し暑さとは違い、ひんやりとしている。
ゴールデンウィークとはいえ、標高のせいか肌をかすめる風にも少し寒さを感じ、長袖を持ってきて良かった。
改めて建物を眺める。
黒光りする木製の壁に、整然と敷かれた石畳のアプローチ。
大きな窓ガラスは柔らかな光を反射し、深い緑の森に静かに溶け込む。
屋根の棟飾りや煙突の装飾が、優雅さと重厚感を漂わせる。
まさに九条財閥らしい、堂々たる豪邸の佇まいだ。
屋敷の中には、数えきれないほどの部屋が広がっていた。
俺たちは2階の個室を与えられ、荷物を置くと1階の食堂へと降りていく。
木目の床と漆喰の壁が温かみのある空間を演出していた。
天井にはシャンデリアが煌めき、壁際にはアンティーク調の家具が整然と並んでいる。
目の前の大きな食卓に広がるのは、白磁の皿に盛られた色鮮やかな前菜。
窓際のテーブルには香ばしく焼き上がったステーキが並び、季節の野菜が彩りを添える。
りんごやベリーを使ったデザートが優雅に食卓を飾り、マジでセレブ感が半端ない。
ステーキは地元の信州牛らしい。
てか、この一食だけでいくら位するんだろうか……。
中澤さんと世野さんの目がキラキラと輝いている。
さすが女子。
食いもんには目が無いな。
窓の外には、軽井沢の新緑が生い茂る森の景色が広がり、柔らかな風がカーテンを揺らしている。
屋敷の中の静謐さと、外の自然の開放感が絶妙に混ざり合い、食事の贅沢さをより一層引き立てていた。




