第27話 この世の真理
「話す×考える=最強の頭脳戦!」
その文言が目に入ったのは、ただの偶然だったのか、それとも必然だったのか。
世野真理は立ち止まり、ポスターの概要に視線を落とした。
――ディベート部。
この学校には、そんな部活があるのか。
真理の興味心が、少し刺激された。
昔から、「あなたは本当に理屈っぽい」と親からも苦言を呈されてきた。
自分の論理が揺らぐことを嫌い、口論では絶対に譲らない。
口喧嘩では負けたことが無い。
その勝利と引き換えに失ったものは友達。
面倒なので中学生活は取り繕うのを止め、捨てた。
高校に入ったら、生まれ変わろうと決めていた。
入学して数週間。
今まで見逃さずに指摘してきた「小さな間違い」にも目を瞑る日々。
我慢することで、何とか周りからは浮かずに済んでいる。
しかし、それと同時に、心の中にはストレスが溜まっていった。
同級生たちは次々と部活へ入部していき、気付けばまた一人。
結局、理屈っぽさを封じ込めたところで何も変わらない。
そんな諦めの境地に達しかけていたとき、このポスターが目に入ったのだ。
――ディベートなら、思う存分理屈っぽさを発揮して良いのだろうか?
――積もり積もったこのストレスを発散させることが出来るのだろうか?
とりあえず話だけでも聞いてみよう。
そう思った真理は、放課後に部室へ向かうため、その場所をメモして教室へ戻った。
◆◆◆
トントントン。
部室の扉がノックされた。
その外には、確かな人の気配がある。
「どうぞ!」
九条さんの呼びかけに応じ、静かに「失礼します」と入ってきたのは――
黒縁メガネのポニーテール。
制服はきちんと着こなし、見るからに真面目そうな雰囲気を漂わせている。
多分、新入生だろう。
「えっと……掲示板でポスター見ました。ディベートに少し興味がありまして」
その一言に真っ先に反応したのは上戸だった。
「おお! ようこそ!! 座って、座って!!」
そう言うと、空いている席へ案内し、有無を言わせず座らせる。
「ディベートに興味があるの?」
九条さんは優しく微笑みながら尋ねる。
「はい、……というか私、昔っから自分でも嫌になる位、理屈っぽくて。ディベートのこと、よく分かってないんですが、私の性格なら向いてるのかも、という直感があって今日来ました」
「うん、ディベートは理屈っぽい人じゃないとダメだね」
あっさり断言する九条さん。
いやいや、そんなこと無いでしょ!?
話し上手な人とか、発想力豊かな人とかでも大丈夫だよね??
「嫌になる位、理屈っぽいって自分でも思っちゃうレベルならディベート部以外、行く場所が無いと思う」
何だこれ?
洗脳か??
貴重な入部希望者を逃したくない気持ちは分かるけど、強引すぎるよ??
「やっぱり、そうなんですね」
あっさり、納得しちゃったし。
え?
大丈夫なの、この子??
「ちなみに、ディベート部ではどんな活動をしているんですか?」
「そうね、思考力を鍛える為には何でもやってるわ。即興スピーチとか、ニュース記事の論点抽出とか、論題の研究。例えば経済・教育・国際問題みたいな幅広いテーマの知識を蓄積していくの」
ふむふむと真面目な顔でうなずく新入生。
「でも、うちの場合、一番力をいれてるのは模擬戦ね」
「模擬戦……ですか?」
「そう、論題を決めて、肯定・否定に分かれて戦うの。理屈で相手を叩きのめすのよ。勝った時は脳汁が出る位、興奮するわ」
いやいやいやいや、脳汁が出てる九条さんとか想像したくないよ!!
「理屈で相手を叩きのめす……そんなことが許されるって、天国ですか!?」
この子も相当ヤバいな!!
そんな真面目な見た目で何言っちゃってんの??
「どう? 入部する? まずは体験でもいいけど」
「いえ、もう入部します。ここしか無いと確信しました!」
即決だった。
「ありがとう。ところで、あなたの名前は?」
「世野真理です。世の中の世に、野原の野。真理と書いて『まり』と読みます」
「世の真理。ディベートをやる為につけられたような名前ね」
「はい、私も今、確信しました」
何だ、この会話。
きっとご両親はそんなつもりで命名したわけじゃないと思うぞ。
ディベートに興味を持って入部してくれたことがよっぽど嬉しかったのか、九条さんはその後も世野さんを質問攻めしていた。
「じゃ、早速だけど試しに模擬戦をやってみる?」
「はい、是非!」
「じゃ、出口君、相手をお願い」
「え? 俺?」
「出口君ならちょうど良い感じで出来そうだから」
ちょうどいい?
ああ、そんなすぐに勝てるほど甘くはないけど、良い勝負感を出してほしいってことね。
――こうして、世野さんの記念すべき初めての模擬戦が始まった。
さっき口喧嘩では負けたことが無いとか言ってたその実力は本物だった。
いやいや、マジでグイグイ来るな、この子!
初対面だよな、俺たち!?
途中で手を抜くわけにはいかないと悟った俺は、最後の方では完膚なきまでに叩きのめすことになった。
いや、だってマジで凄かったから。
手加減したら負けてたから。
「出口君……」
九条さんが、ドン引きしたような目で俺を見ている。
「悔しい……」
世野さんは眼鏡を外し、ハンカチで涙を拭っていた。
めっちゃ負けず嫌いやん……。
九条さんは、その肩に優しく手をかけ、慰める。
「いい勝負だったわ。初めてとは思えないレベル。現時点で上戸君を超えてる」
「うぉい!!」
上戸の全力のツッコミ。
いや、でもこれはマジで上戸より強いと思う……。
「出口先輩……。名前を覚えました。絶対にリベンジします」
「お、おう。いつでも挑戦待ってるよ……」
なんかヤバい奴に目をつけられてしまったかも……。




