第24話 涙と笑いで過ごしたこのひととき
その店は、真っ赤な外壁に白い筆文字で「蒙古タンメン仲元」と力強く描かれていた。
入口には創業者と思しき、いかついおじさんの等身大パネルが俺たちを待ち構えている。
「ほ、ほんとにここに入るの??」
その独特過ぎる店構えに、九条さんがビビり始める。
「ああ、入れば普通の店だから大丈夫。三郎系だとコールとか色々面倒なルールがあって緊張するけど」
「三郎? コール??」
「そっちもいずれ案内するよ」
俺はそう言うと、軽い足取りで店内に突入。
九条さんも慌てて後に続く。
「いらっしゃいませい!!」
気迫と誠意のこもった店員さんの声が響き渡る。
券売機の前に立つと、俺は九条さんにメニューを説明した。
「一番辛いのはこの『冷やし味噌』だけど、つけ麺だから初見では避けてほしい。まずはラーメンを味わってほしいからね。初心者はこのオーソドックスな『蒙古タンメン』で十分。これでも結構辛いから」
「そうなの? ラーメンの中で一番辛いのは?」
「この『極北ラーメン』かな。でもこれはマジでヤバい。まずは蒙古タンメンでレベルを確認して――」
俺の言葉を遮るように、九条さんが言った。
「じゃ、その『極北』にしてみる」
「え?」
九条さんの目がキラキラと輝いている。
嘘だろ……。
それなら俺もそれ選ぶしかないじゃん。
偉そうに辛さのウンチクを語っておきながら、辛さレベル低い奴選んだら立場が無いし……。
しかも俺、まだ『五目蒙古タンメン』までしか食ったことないんだけど。
それで割と限界なんだけど……。
「こ、後悔しないようにね? お腹壊しても文句は受け付けないよ?」
「大丈夫。激辛耐性には、ううん、激辛耐性『にも』自信あるから」
……ほんとかよ。
でも、こんな楽しそうな九条さんを見るのは初めてだ。
好きにさせておくか。
食券とポイントカードを店員さんに渡し、暫し待つ。
ああ、家出る前から仲元行くって決めてたらハンドタオル持ってきてたのに。
てか、ティッシュの残量は大丈夫だよな?
九条さんは、興味深そうに厨房の様子を見つめている。
そして、着丼。
真っ赤なスープの上には、もやしが雪山のように聳え立つ。
ああ、来ちゃったよ……。
マジでいけるか、俺?
「いただきます!」
九条さんはそう言って、まずはレンゲでスープを一口。
「うん、美味しい! あ、忘れてた!!」
そしてスマホを取り出し、写真を撮る。
「出口君、食べないの? 冷めちゃうよ?」
覚悟を決めて、俺も一口。
一口目は問題ない。
問題は次からだ……。
どんどん蓄積されてくから……。
そこから先のことはあまり覚えていない。
汗と涙、鼻水を垂れ流し、体中の水分が消えかける。
水は辛さを増長させるのは分かっているけど、干からびるよりましだからがぶ飲みしてしまう。死ぬから、マジで。
九条さんの激辛耐性は本物だった。
涼しい顔で、額の汗を何度か拭う程度で颯爽と完食してみせる。
俺が涙を流し、何度もむせながら必死に麺をすするのを、今まで見せたこともないような笑顔で応援してくる。
ああ、激辛猛者に偉そうにアドバイスなんかしちゃってごめんなさい。
初心者とか言っちゃって、穴があったら入りたい。
スープの完飲はあきらめたけど、何とか俺も食べ終わる。
もはや俺の顔は原型を留めていなかっただろう。
めっちゃカッコ悪い所を見せてしまった。
……いや、もともとカッコいいとは思われてないから別にいいか。
少し休んで、落ち着きを取り戻してから店を出る。
「美味しかったね!」
嬉しそうな九条さん。
「いや、俺は死ぬかと思ったけど……」
「私のことは気にせず、いつも食べてるの選べば良かったじゃん」
「そうなんだけど……やっぱ負けたくないし」
俺が言うと、九条さんは何か思いついたように笑う。
「そうだ、激辛料理で私より早く完食出来たら付き合うってのはどう?」
その目は、あくまで悪戯っぽく光っている。
「ディベートより勝てる気がしない……」
「……でも、ディベートでは全然挑戦してこなくなったね?」
「絶対勝てるってほどじゃないからな、まだ」
「何回かやれば勝てるかもしれないよ?」
「まぐれ勝ちしてもしょうがないし」
俺の言葉に、九条さんは意外そうな表情を見せた。
「へぇ~、出口君がそんなポリシーを持ってたとは」
「まぁポリシーというより、もっと先まで見据えてるから。まぐれ勝ちで喜んでるようじゃ、全然ダメだと気付いた」
「そうなの? ま、いつでも挑戦は受けて立つから」
九条さんは振り返り、仲元の外観をスマホに収めた。
「初めてのラーメン屋記念」
その顔には満足そうな笑みが浮かんでいた。
外に出ると、夕方の空がさらに深まっていた。
藍色に染まり、街灯がぽつりぽつりと灯り始める。
冷たい風に、春の匂いが混ざっている気がした。
俺たちは肩を寄せ合うように駅へ向かう。
一緒に激辛ラーメンに挑戦したことで、俺たちの距離感はグッと縮まった気がした。
涙と笑いで過ごしたこのひとときが、激辛の後遺症と共に、胸にじんわりと温かく残っていたから。




