第22話 腕試し
二月も終わりが近づいているものの、冬の空気がまだ街に残る夕方。
夕陽が高層ビルの谷間をオレンジ色に染め、人々の影を長く伸ばしている。
部活を終えた俺はまたも新宿へと降り立ち、紀伊国屋へ向かう。
店内に入ると、外の寒さが嘘のように暖かく静かだ。
目的の本を棚から手に取り、レジへ向かう途中、ふと見覚えのある後ろ姿が目に入った。
都立桜坂高校の制服。
おかっぱ頭で、大きめの鞄を小さな肩に掛けている。
「よう、久しぶりだな!」
その背中に向けて俺は声を掛ける。
振り向いたその顔には、知的な細縁眼鏡をかけられている。
目元はクリッと大きく見える。
そして、男の本能として、どうしても目線が行ってしまうその窮屈そうな胸元。
「お、出口君! 久しぶり!」
「どう、最近? この前の全国大会は準優勝でしょ? おめでとう」
「ありがとう! 決勝は予想以上にみんな緊張しちゃって……。まぁその中でもわたしが一番ヤバかった気がするけど」
そう言って玉田さんは少し肩をすくめた。
「そうなの? あんま緊張とかしなさそうだけど」
「普段はね……。経験不足を露呈しちゃった感じ。いつもの力を発揮できてれば勝てたと思うから悔しかったよ」
「てことは、桜坂に勝てれば全国制覇が見えてくるってことだな。じゃ、予選では俺たちも君たち相手に良い勝負が出来てたから、全国レベルの力があるってことかな?」
「たった二人であそこまでやれるんだから、本当に凄いよ。普通に日本一の有力候補だと思う」
「そうか、それは自信になるな。悪いけど夏は勝たせてもらうよ」
「ふふっ、わたしたちも負けるわけにはいかないから」
そこで俺は玉田さんが抱えている赤本に気が付いた。
そうか、ここはディベート関連じゃなくて大学受験関連のコーナーだった。
「あれ? 玉田さんは京大志望なの? 東大じゃなくて?」
「うん! ずっと東京に住んでるからね。関東を出て一人暮らししたいと思ってて。でもまだ関西とは決めてなくて、北海道でも東北でもいいからもう少し調べてから決めるつもり」
「へぇ~、俺は半年前まで仙台に住んでたんだけど、住みやすくて良いとこだよ」
「そうなんだ!」
「なんつーか、東京と比べて全てが丁度いいって感じ。ゴミゴミした感じが嫌ならね」
「出口君はどこ志望? やっぱり東大?」
「……う~ん、どうかな。普通に考えればそうなんだけど」
嘘はつきたくないから、あえて言葉を濁す。
本当はもう決めてるんだけど。
「決められたルートに乗るのが嫌な感じ?」
「それは確かにあるな。ルートから外れるのは勇気がいるけど」
「だよね~」
玉田さんは微笑み、視線を本棚に移すと東北大の赤本も手に取る。
そして、再びディベートへと話題を戻す。
「てか、部員はちゃんと集まりそう? さすがに甲子園も二人で挑むのは無理だと思うけど」
「ああ、何とか4人になったよ。今、めっちゃ鍛えてるとこ。何だかんだで二人とも地頭がいいから、すげー勢いで成長してる」
「黎明学院だもんね。毎年、何十人も東大に行くような学校だし」
「桜坂もじゃないの? うちと偏差値同じくらいでしょ?」
「うちはそこまで多くないよ。数人位だね。やっぱり私立とは授業のレベルが違うから」
「そうなんだ。でも結局は予備校の授業とかの方が重要だと思うけど」
「まぁ、それはあるかも」
玉田さんとはその後も雑談が弾み、LINEの連絡先を交換して別れた。
夏の甲子園に向けて、色々情報を収集させてもらおう。
◆◆◆
家に帰り、夕飯を終え、風呂に入って、自室へ向かう。
いつものルーティーンをこなして勉強机に向かおうとした、そのとき――
ピコン。
スマホの通知音が鳴った。
まさか、九条さん!?
ドキドキしながら画面を確認すると……送り主は玉田さんだった。
一瞬がっかりしたが、女子から連絡が来たという事実がじわじわ嬉しさに変わり、全身を駆け巡る。
やっぱり女子からの連絡ほど嬉しいものはない。
『さっき話すの忘れてたんだけど』
『交流戦やらない?』
『週末あたりで』
『うちも三年生が抜けて新チームだし』
『腕試しもかねて』
――おお、他校との模擬戦!
しかも相手は全国2位の強豪校。
中澤さんや上戸に全国レベルを体感させる、絶好の機会だ。
『喜んで!』
『場所は?』
すぐに返信すると、
『うちの学校でどう?』
おお、他校の敷地に足を踏み入れられるのか。
ちょっとした探検気分を味わえそう。
『了解』
『他の部員の予定聞いてまた連絡する』
――翌日。
三人に予定を聞いたところ、全員が土日どちらでもOKだった。
「じゃ、早めに決めたいし、連絡入れるわ」
そう言って、俺は素早くLINEを開き、メッセージを打ち始める。
「出口君、いつの間に玉田さんとLINEする仲になってたの?」
九条さんが、少し不思議そうに首をかしげてきた。
「ああ、この前、新宿の紀伊國屋でばったり会ってさ」
「……ふうん」
ライバルとこそこそ連絡を取り合ってるのが気に入らないのだろうか、何か言いたげな九条さんを横目に、中澤さんが話に割り込む。
「ね! イケメンいるかな?」
「え? どうだろ……この前の対戦メンバーとは違いそうだけど」
まさか、中澤さんがそんなことを気にしてくるとは。
ちらっと横目で上戸を見ると、悲しい犬のような目をしていた。




