第19話 君の夢は俺の夢
休み時間。
「上戸。舞台は整ったぞ」
俺が不敵な笑みを浮かべてそう告げると、上戸はキョトンとした顔で首を傾げる。
「舞台? 何の?」
「お前と中澤さんの仲を進展させる――ミッションだよ」
「――え? マジで!?」
分かりやすいほどに、上戸の瞳が一気に輝きを増す。
まるで冬空に一瞬差し込む陽の光のように。
「この前、お前に相談してから何の音沙汰もなかったから、とっくに忘れたもんだと思ってたぞ……!」
「俺がそんな薄情な人間なわけないだろう? じっくりプランを温めていたのだよ」
「で? 俺はどうすればいいんだ??」
上戸は机に身を乗り出す勢いで、ぐいぐいと食いついてくる。
「お前もディベート部に入るんだ」
「え? ディベート? それは嫌だ」
……あっさりと拒絶しやがった。
あまりに速攻すぎて、むしろ清々しい。
「そうか。それは残念だ。じゃあ仕方ない。お前以外の誰かを見つけて、俺たちは仲良く熱い青春を送るから」
「どういうことだよ!?」
「中澤さんもディベート部に入り、俺たちと全国を目指すことになった」
「マジで!?」
上戸の声が引っ繰り返った。
「放課後の模擬戦の合間には、たわいもない会話を楽しみ……一緒に帰ることになった日にはプライベートな話に花も咲くだろう。ひょっとしたら大会前には合宿だってあるかもしれない。九条さんの別荘とかでな。中澤さんと仲良くなる機会を、これでもかと提供してやろうかと思ったのに……やる気が無いんじゃ仕方ない」
「おい……誰が入らないなんて言った?」
お前だけど?
「ほう、では入部するのか?」
「今日から参加する」
「言っておくが、中澤さんもガチだぞ? 手抜きとかしたら幻滅されるかもよ?」
「え? そうなの!? ……まぁいい。恥ずかしい姿は見せらんねぇ。やってやるよ!!」
机をドンと叩き、気合いを入れる上戸。
こうして――四人目は予想通りあっさりと確保できたのだった。
ここまで来たら、五人目も揃えたいな。
◆◆◆
来るべき、高校生活最後の年に向け、俺たちはまた一つの選択を迫られていた。
そう、それぞれの大学受験に合わせたコース選択。
すなわち、文系か理系か――。
俺は、理系コースを選んだ。
「え? そうなん? 九条さんを追いかけて文系に行くのかと思ってたよ」
上戸は少し驚いていた。
九条さんは東大文Ⅱを目指すため文系コースを選択していた。
理数系科目に苦手意識がまったくない彼女であれば、数学の勉強は自習だけで十分だろう。
「ま、部活で毎日会えるしな」
「医者とか研究者でも目指すのか?」
「いや、そういうわけじゃないけど、色々考えててな」
そう、俺は九条さんに勉強を見てもらったおかげで、理数系に対する苦手意識は完全に払拭され、冬休み前の期末テストでは、総合順位4位に入っていた。理系を選択したとしても不思議ではない感じにはなっている。
九条さんとの得点差はわずか11点。
今度の学年末試験では、その絶対王者(女王か?)の背中を射程圏内に捉えられるかもしれない。
「てか、俺たちももうすぐ高3だもんな。大学受験までは何となく想像できるけど、その先はまだ何もイメージできないな」
上戸は窓の外、冬曇りの空をぼんやりと見つめながら言った。
「まぁ、みんなそんなもんだろ」
そう言いつつも、俺の中では既に目指すべき将来像は固まり、後はそれに向かって突き進むだけだった。
「さてと、食い終わったし俺は職員室行ってくるわ」
鞄を手に取ると、俺は席を立つ。
上戸はまだサンドイッチを頬張っていた。
「おう、またデイブ先生か? あんまりしつこいと嫌われるぞ? てか、お前、目の下のクマ凄いことになってるぞ」
「マジ? 気を付けるよ」
◆◆◆
「先生、これでどうっすか……」
職員室に入ると、デイブ先生はカップラーメンをすすっていた。
机の上には空となった容器が三つ。……え? 四つも食ってんのか、この人!?
毎日見てるから気付かないだけで、更に太ってきてるんじゃないの?
せめて申し訳程度のコールスローでもいいから野菜も食べなよ……。
俺が差し出した課題の書類を、先生は無言で受け取る。
もう何度書き直しただろうか。
連日のダメ出しにより、ここ数日は徹夜続きだった。
先生の目はいつものおちゃらけた雰囲気ではなく、真剣そのものだった。
俺の書いた書類をじっと読み込み、そして静かに頷いた。
「ふむ。いいでしょう。ギリギリでしたね。後はやっておきます」
「あ、ありがとうございます!!」
「あくまでも条件付きなことは忘れないで下さい。ここからが本番です」
「分かってます」
デイブ先生が差し出してきた右手を、俺は全力で握り返す。
「お、握手も良くなりましたね」
そう言って、ようやく先生はいつもの笑顔を見せた。
条件――
それはもちろん、ディベート甲子園での優勝。
つまり、俺は日本一にならなければならない。
九条さんの夢と俺の夢が、文字通り重なった瞬間。
どこか他人事だった彼女の夢が、今や俺自身の夢になったのだ。
嬉しい、でも少しだけ怖い。
この重みを背負って、俺は前に進まなければならない。
春の訪れは、まだもう少しだけ先だ。




