第18話 三人目
ディベート甲子園に参加するには、やっぱり人数が足りない。
さすがに、この前の英語大会みたいに金にモノを言わせてルールを捻じ曲げるわけにはいかないからな。……いや、出来るかもしれないけど、難癖つけられるのもだるい。
来年の春、新入生が入るのを待つか?
う~ん、でも仮に入部してくれたとしても、一年じゃ戦力にならないだろうな……。
いつもの模擬戦を終えた後、俺は九条さんに話を切り出す。
「今度の甲子園は、さすがに四人いないとマズいよね?」
「うん、HEnDUとは大会の規模も違うし。基本は五人で試合に出るのが三人だね」
「なるほど、じゃ最低あと一人でいいのか……中澤さんって部活何も入ってないよね? 誘えたりしない?」
「入ってないはずだけど、ディベートには興味無いと思う」
「とりあえず最低限、頭数だけは早めに確保したいから、聞くだけ聞いてもらってもいい?」
「それはいいけど……あと二人はどうするの?」
「中澤さんが入ってくれるなら、多分もう一人は確保できる。四人になれば、何とかなるでしょ」
「どういうこと?」
今が上戸の恋のキューピッドになる絶好のタイミングと踏んだ俺は続ける。
「上戸が中澤さんのこと好きらしいから、中澤さんを餌にする」
「え? そうなの? 初耳なんだけど」
「二人が進展するように協力してやるとか言ってたんだけど、どうやっていいか分らんから、とりあえず部活でくっつければいいかなと思って」
「雑……」
九条さんはじとっとした目で俺を見つめる。
でも俺は気にしない。
「てか、中澤さんは上戸のこと何か話してたりする?」
「特に何もないわね……」
「あれ? そう言えば中澤さんに彼氏いない前提で話進めてるけど、いないよね?」
「うん、多分いないと思う。そういう話は聞かないし」
「オッケ! じゃとりあえず中澤さんの勧誘だけお願い」
俺がそう言うと、九条さんは呆れたような感じで一つため息をつく。
「……分かった。一応、明日聞いてみる」
◆◆◆
次の日の放課後。
教室の窓の外には冬曇りの空が広がり、夕方特有の鈍い光が教室を照らしていた。
冷え込んだ空気がまだ残っていて、吐く息はほんのり白い。
そして、そこには――
「中澤さん!!」
華奢で小柄な彼女が、九条さんの隣に腰掛けていた。
その姿はどこか頼りなげに見えるのに、こちらを向く瞳には確かな芯の強さが宿っている。
「出口君、話は聞いたんだけど……本当にあたしが入っちゃってもいいの?」
「え? マジで入ってくれるの!?」
「うん。本当はずっと興味あったんだけど、邪魔しちゃ悪いかなと思ってて」
「邪魔?」
中澤さんはニヤリと笑う。
「だって、せっかく九条さんと二人で過ごせる放課後でしょ? お邪魔虫になっちゃうかなって」
「いや、確かにそれは一瞬思ったんだけど、背に腹は代えられないし」
「やっぱり思ったんだ」
「う……」
一瞬、言葉に詰まった俺に代わり、九条さんが口を開いた。
「そう言われてみると、私と出口君が二人で部活してるのって、周りからどう思われてたんだろう……」
「諦めの悪い男に纏わりつかれて、九条さん大変だなって感じじゃない?」
「やめて……傷つくから!」
俺がピエロみたいに見られてることくらい、分かってるから。
中澤さんはクスクスと笑ったが、すぐに真剣な顔に戻った。
「本当に全国大会で優勝を目指すの?」
「もちろん! でも俺たちだけで何とかするつもりだから、中澤さんはそんなガチにならずに、一緒に参加してくれるだけで助かる」
「出口君……」
その視線が鋭くなる。
「何言ってんの!? やるからには私も本気でやるから!!」
「え?」
「だって全国制覇とかしたら、大学に推薦で行けるかもしれないじゃん! 受験勉強しなくても済むかもしれないでしょ!?」
「お、おう。そうかもね?」
え? 中澤さんってこんなキャラだったっけ?
殆ど誰とも話さず、教室の隅っこで読書しているだけだった修学旅行前の姿が、まるで夢だったかのような。
「九条さんから、出口君がたった数ヶ月でめっちゃ成長したって話は聞いてる。あたしもその軌跡を辿らせてもらうから、よろしく!!」
差し出された右手。
俺はその小さな手をしっかりと握り――
「ちょ!! 痛い痛い!! え!? 何??」
「アメリカでは、握手の力強さは誠実さの証なんだよ」
「ここ日本だけど!?」
そんな俺たちのやり取りを見て、九条さんが口元を押さえて笑っている。
冬の寒さを吹き飛ばすような温かさが、教室に広がっていく。
マジでただの人数合わせで構わない、と思っていた。
それだけでも助かるから。
だけど、中澤さんは想像以上に本気で、この舞台に飛び込んでくれるようだ。
まさか、俺の青春にこんな熱血展開が待っていたなんて――。
「で、あたしは何から始めればいい?」
「俺が今まで論理を叩き込んできた本を貸す。あとはひたすら模擬戦だな」
「了解!」
中澤さんはそう言うとビシッと敬礼ポーズを決める。
教室の温度は確かに、冬ではなく真夏に近かった。
きっと、それを感じていたのは俺だけじゃなかったはずだ。
あれ?
この感じだと上戸を誘うとしても、果たして中澤さんとそんな雰囲気になるかな?




