第16話 九条家
「九条さんさ、正月一緒に初詣行かない?」
出口君からの突然の誘いで、何故か鼓動がいつもより強くなった気がした。
「初詣?」
「うん、今年の夏のディベート甲子園の優勝祈願」
本当にそれだけ?
二人きりでってことだよね?
それって、デートじゃないの?
「私にはそのご利益は必要なさそうだけど、出口君には必要だもんね。……しょうがないな、付き添いをしてあげる」
あれ? 気付けば無意識のうちに笑顔になってたっぽい。
何か顔も熱くなってきた。
「で、いつ行くの? テレビとかでは大晦日の深夜頃から並んでたりするのを見るけど」
「さすがに九条財閥のお嬢様をそんな深夜に連れ出すわけにはいかないでしょ……」
「うん、無理」
実際は明確な門限なんて無いけど、両親の暗黙の了解とか信頼関係とか考えると、夜遅くの外出なんて絶対に無理。
「1月3日の昼でどう? 多少は混雑もマシだろうし」
「3日? 2日でも大丈夫だけど」
「3日は俺の誕生日だから縁起も良さそうだし。――あ、別にプレゼントとかはマジでいらないから、気は使わんでOK。今はまだ」
「今はまだ?」
「ちゃんと付き合うことになってから貰えればそれでいいから」
いや、それを聞かされちゃったら何か準備しないとダメじゃん……。
手ぶらで行くのはさすがに気が利かなさすぎる。
◆◆◆
期末テストは、いつも通り分からないような問題は特になかった。
試験が終わったあと、出口君はにかっと笑って親指を立ててきた。――きっと、彼も手応えがあったのだろう。
私の教え方が上手いと言ってくれてるけど、それは違うと思う。
間違いなく出口君自身の吸収力と努力の賜物だ。でなければ、英語もディベートも、あんな短期間で上達できるはずがない。
きっと、私の見ていないところで相当な努力を重ねているに違いない。
私も負けてはいられない。
◆◆◆
冬休みに入り、スマホで『男子高校生向けの誕生日プレゼント』を色々調べてはみるものの、なかなかこれというのが見つからない。
そもそも、まだ彼氏でもないのに
――まだ?
将来的にはそうなるって無意識で思っているってこと……?
というか、私にとって出口君って何なんだろう?
友達?
部活仲間?
男友達と二人で出かけるって私は出来る?
うーん、男友達なんて今までいなかったから分からないな……。
例えば、友達とまではいかないけど比較的よく話す上戸君から初詣に誘われたら――あ、普通に断っちゃうな。
分からない。
出口君に対して抱いてるこの気持ちが何なのか……。
ま、分からないことを考えてても時間の無駄。
とにかくプレゼント、早く決めないと。
◆◆◆
「あ、さっきジンスー・ハンから連絡があって、年末年始はサンフランシスコに行くことになったから」
大晦日まであと数日。
お父さんも年末年始は長めの休みを取っており、家族三人での夕食の席。
何でもないことのようにお父さんは切り出した。
「エムベディアのCEOの。知ってるよな?」
「時価総額が世界一になったとかで騒がれてる半導体の会社だっけ?」
「そう。今度うちの会社がエムベディアと共同でアメリカにデータセンターを作るんだが、その打ち合わせも兼ねて、ニューイヤーパーティーに来ないかって誘われてな」
「あら、ホームパーティー? 楽しそうね」
お母さんは無邪気に目を輝かせる。
「大統領も顔を出すみたいだ。アメリカだけじゃなく世界中の政財界の大物が集まる凄いパーティーになるぞ」
「……私は留守番でいいんだよね? そんな大人だけのパーティーとか居場所が無いし」
何故か目の前が暗くなっていくのを感じながら、一応確認する。
「何言ってるんだ。みんな家族同伴だよ。お前と同年代の子たちだって沢山くる。いずれ世界を背負って立つ彼らと今のうちにパイプを作れるこんなチャンスは滅多に無いぞ」
――ああ、やっぱり。
それでも、私ははっきりと言う。
「友達と初詣に行く約束してるの。約束を破るような人間にはなりたくない」
普段、口答えなどすることのない私からのまさかの抵抗に、お父さんもお母さんも少し驚いた表情を見せた。
「そんな約束と今回のパーティー、どっちが大事かなんて考えるまでもなく分かるだろ? どうしたんだ?」
「……私の中では約束の方が大事」
「玲香、あなたももう高校生なんだから、そんな子供みたいなこと言って困らせないで」
お母さんが、優しく諭してくる。
私は気持ちを落ち着ける為、一度大きく息を吸ってから。
「……うん。ごめんなさい。友達には謝っておく」
分かってる。
私が何不自由なく暮らしていけるのは、家のお陰。
だから、私は我慢しないと。
「ごちそうさまでした。お腹いっぱいになっちゃったから部屋に戻るね」
「え? まだ全然残ってるじゃないか」
お父さんの言葉にも振り返ることなく、私は席を立つ。
部屋に戻ると、スマホを手に取ってLINEのアプリを立ち上げる。
出口君とのトーク画面。
出口君からのバカみたいなスタンプが目に入る。
私は文字を入力する。
胸の奥が熱い。
気付けば、涙が溢れていた。
ああ、私は出口君と一緒に行く初詣を本当に楽しみにしてたんだな。
部屋の隅では出口君に渡すはずだった誕生日プレゼントが、寂しそうにポツンと置かれていた。




